背景
ベルギーの首都であるブリュッセル都市圏は、都市圏人口125万人の地域です。都市圏は19の基礎自治体で構成され地区ごとに様々な特色を有しています。ブリュッセル都市圏は、これまでモビリティプラン(Iris1:1998~, Iris2:2010~)によって交通基盤の整備を推進してきましたが、期待された効果までは得られませんでした。2018年にヴッパータール研究所が行った欧州13都市の持続的なモビリティ評価では、ブリュッセル都市圏には複数の指標で低く評価されました。そこでブリュッセル都市圏の交通政策担当であるブリュッセル・モビリティは、2017年から検討をスタートして、2019年に新たな計画である「Good Move」を発表しました。


実施内容
Good Move はブリュッセル首都圏のモビリティを持続的なものにしていくための戦略及びアクションプランです。50の施策を掲げるアクションプランは「近隣地区(ネイバーフッド)」「ネットワーク」「サービス」「行動変容」「パートナー」「知見(データを含み)」の6つのフォーカスで整理されています。このプランの特徴は、モビリティ計画でありながら、モビリティそのものではなくモビリティが適切にオーガナイズされた上質な居住地区を形成していくという観点から、より良い近隣地区(ネイバーフッド)の形成を第一の施策群として掲げたことです。
より良いネイバーフッドの形成に向けた取り組みはブリュッセル首都圏を50に分割して取り組まれており、各ネイバーフッドでゾーン30km/hや流入制限などの交通規制、公共空間創出、ローディングスペース設置などの荷さばき対策などを実施することとされています。これにより、地域コミュニティの強化、安全性の向上、新鮮な空気の確保、騒音の抑制、グリーンでサスティナブルな地域づくりを目指しています。
代表的な例として、中心部ではショッピングストリートや歴史観光地区の道路の多くの部分を歩行者専用としました。これにより交通事故の減少が経済活動の活性化などの効果が確認されています。また、周辺部ではネイバーフッドの中心となる広場で自動車交通の抑制や歩行者空間の確保などが進められました。一部の地域では小学校を中心に子供にやさしい道路環境の整備も行われています。ネイバーフッドのリノベーションには、個別施策はそれぞれのネイバーフッドの実情に合わせたものとすることが必要です。そのためネイバーフッド単位での市民参画プロセスによって施策を具体化していくと位置付けていることもGood Moveの特徴の一つです。




Good Moveにおけるもっとも特筆すべき成果は、ペンタゴンと呼ばれる中心部のネイバーフッドの取組です。ペンタゴン地区はブリュッセルの旧城壁に囲まれた領域で、およそ皇居4つ分の面積の中に約5万人の人口と、王宮、歴史観光エリア、南北2㎞のショッピングストリートなどが位置する、ブリュッセルの観光、商業の中心地区です。このペンタゴン地区を南北に縦断するショッピングストリート(アンスパック通り)では、2012年に「ピクニックストリート」と呼ばれる道路を歩行者専用化する運動が巻き起こりました。当初は散発的に行われていた運動でしたが、徐々に人々がその価値を認めるようになり、歩行者専用エリアが徐々に拡大してきていました。
2019年の「Good Move」によって、ペンタゴン地区に一体的な車両の動線計画(サーキュレーションプラン)が導入されました。かつての城壁の位置に設けられた環状道路を自動車の幹線とし、その内側では一方通行の方向の再編、障害物設置などで通過交通が発生しにくいネットワークとしています。このネットワークは環状道路からペンタゴン内の駐車場へ効率的な動線となるように設計されており、自動車での来街者の利便性を確保し、同時に路上駐車を抑制してより広い歩道の確保にもつなげています。また、ライジングボラードやナンバープレート認識カメラ住民や配達などで許可車両のみを通すフィルタリングや、30km/hまたは20km/hの速度規制を路線ごとに設定することで、路線の特性に応じた歩行者、自転車、自動車のバランスがデザインされています。
これらの施策によって、ペンタゴン地区の中では歩行者専用の空間が新たに創出され、安全性向上だけでなく、ベンチや植栽などによる快適性向上、地下鉄やバス、タクシー、自転車でのアクセス性へが配慮されており、自動車に頼らずとも中心部を訪れやすい環境が拡大しています。



ポイント
- Good Moveは、自動車利用の抑制と速度の引き下げ、2030年に交通事故死者数ゼロ、歩行者専用ゾーンの拡大などの野心的な目標を掲げてECの「第8回SUMPアワード」を受賞しています。
- 例えば自動車については、2030年に24%にまで抑制することを目標としています。計画がスタートする前の2021年から開始後の2022年を比べると、ペンタゴン地区に出入りする自動車交通量は20%減少したことが確認されています。また、同地区内で自転車利用の増加、交通事故件数の減少、空気中の二酸化窒素濃度の低下、消費額の増加なども確認されており、交通だけにとどまらない多面的な恩恵を街にもたらしたと言えます。




- 優れた計画の原動力は、多数の関係者と議論を重ねながら計画を作成したことです。これにより技術やシナリオをベースとした計画ではなく、ニーズベースの計画となっています。計画策定作業の初期段階から様々なステークホルダーより意見聴取を行い、彼らのニーズから戦略をまとめていったことが特徴です。担当者の声からもこの段階に多くの時間と労力を割いたことが語られました。
- SUMPアワードの受賞や中心部で取り組みの効果が見えてきたことなど輝かしい面の一方で、周辺部のいくつかのネイバーフッドでは批判の声も生じています。これは自動車利用の制限ばかりが着目され住民の理解が追い付いていないことによるものであり、より丁寧な住民参画が課題と言われています。そのような中、これまでGood Moveで中心的な役割を果たしてきた政党(フロン:オランダ語圏を地盤とする環境政党)が2024年10月の選挙で敗退しており、今後の動向が注目されます。

【資料・参考情報】
①LIVING. MOVING. BREATHING. Ranking of European Cities in Sustainable Transport, Wuppertal Institute を元に作成
②Summary of be good move Regional mobility plan 2020-2030, Brussels Mobility
③Low-traffic neighbourhoods
④IBS撮影
⑤Overcoming backlash in sustainable urban mobility Planning (SUMP): lessons from Brussels, Adelheid Byttebier, ANNUAL POLIS CONFERNCE 2024
⑥Pentagon circulation plan map, https://www.brussels.be/pentagon-circulation-plan-map
⑦Safer, cleaner and more lucrative: The Good Move plan transforms Brussels’ city center — but remains politically divisive
⑧Moins de blessés lors d’accidents en 2024 à Bruxelles, Brussels Mobility
⑨The Good Move plan in Brussels: integrated management of urban mobility, Construction21 France
参考資料:牧村和彦(2023):MaaSでまちづくり変えた「ブリュッセルの奇跡」、日経新聞電子版、2023年10月11日
参考資料:牧村和彦(2024):マイカー半減、交通事故35%減 ベルギー「ウオーカブルな街」驚きの成果、日経クロストレンド、2024年11月14日
