著者:片桐暁
監修/インタビュー:筑波大学教授 谷口綾子
インタビュー/文字起こし/編集:筑波大学修士課程1年 大月崇義
(2024年6月18日インタビュー実施、所属は2025年6月時点)
はじめに
茨城県の筑波大学には2005年来、『人工知能研究室』があります。筑波大学システム情報系長 教授、ヒューマンスマートシティ研究機構 副研究機構長、附属病院未来医工融合研究センター 副センター長、つくば市顧問などを務めている、鈴木健嗣教授の研究室です。
2020年を境に、この研究室から、モビリティ1に関する意欲的な4つのプロジェクトが相次いでスタートしました。『つくば市自動運転バス実証実験』『つくば医療MaaS2』『ランドセル運搬支援事業』そして『投票MaaS』です。
この物語では、これらプロジェクトにおいて中心的役割を果たした鈴木先生を主人公として、各プロジェクトにまつわるエピソードを紹介していきます。そこからはまた、それらに取り組んだ鈴木先生独自のものの見方、考え方なども、浮かび上がってくることでしょう。
研究室の命名
「鈴木さん、それ本当?そんなものは誰も使わないから別にいいよ」。2005年当時、鈴木先生が自分の研究室の名前に「人工知能」という言葉を使おうとベテランの先生に相談したときに、返ってきた言葉です。AI、すなわち人工知能がもてはやされている昨今からは想像のつかないことですが、この時代にはそれくらい「人工知能なんて無用の長物である」と考えられていたのでした。人工知能ならぬ、人工無能。そんな残念なあだ名が、専門家の間でまかり通っているほどでした。
ところで、鈴木先生の出身は早稲田大学理工学部の物理学科。分野としては、人工知能から少し距離がありそうな感じを受けます。しかし、鈴木先生の卒論は機械学習・人工知能に関する内容でしたし、人工知能学会にも出入りをしていました(なぜそんなことになったのかは、いずれこの物語の中に出てきます)。そうした理由もあって2005年、鈴木先生は自分の研究室に、当時としてはいささか変わった響きの『人工知能研究室』という名前を付けたのでした。
人工知能そのものはもちろんのこと、拡張生体技術、サイバニクス、医療・福祉・介護支援ロボット、人支援ロボティクスや社会的インタラクションなどを専門とする、新しい研究室の誕生でした。
きっかけはスマートシティ
ときは移って、2020年の春のこと。鈴木先生は、『つくば市自動運転バス実証実験』『つくば医療MaaS』『ランドセル運搬支援事業』という3つのプロジェクトを、相次いで構想します。その直接のきっかけとなったのは、筑波大学学長の永田恭介さん、次いでつくば市長の五十嵐立青さんから、「つくば市の『スマートシティ3』に関する取り組みに関わってもらえないか」との依頼を受けたことでした。
「『スマートシティ』って何でしょうか?」というのが鈴木先生の最初の反応でした。スマートシティという言葉自体も、わかるようでわからないものですし、都市計画の専門家等ならいざしらず、なぜロボットの専門家が、いきなりスマートシティなるものの計画に呼ばれるのでしょうか?それはどうやら、幾つもの条件の積み重ねということのようでした。
ロボティクスが専門で、ロボットスーツ等の社会実装に興味関心があったこと。大学病院や地域の病院にも強いパイプがあること。スタートアップを実践していて、産業界のことも分かること。英語が喋れること。そして、当時すでに人工知能(AI)に注目が集まりつつあったこと。つくば市在住であること。さらに、モビリティの研究をしていること。鈴木先生は、本人の与り知らぬところで、スマートシティを考えるのにぴったりの人物だったのでした。
スマートシティとスーパーシティ
さて、スマートシティと似て非なる言葉として、「スーパーシティ4」というものがあります。スマートシティが市のプロジェクトであるのに対して、スーパーシティは、内閣府が主導して進めているプロジェクトです。そして鈴木先生は、スマートシティには明るくなかったものの、スーパーシティの側には深く関わっており、ちょうどその提案書を書かなければいけないところだったのでした。スーパーシティは内閣府への申請制だったのですが、全国1,700を超える自治体の中からわずか5カ所しか選ばれないという、たいへんに狭き門でした。
そのとき内閣府から求められていたのは、「つくばでしかできない、特色のある取り組み」でした。これは一見もっともらしくはあれ、よくよく考えてみると少々おかしい理屈ではないかと鈴木先生は思いました。つくばでしかできないことを成功させても、それが他の自治体や全国に展開できない、ということになってしまうからです。そこで鈴木先生は「当たり前のことを、当たり前にしっかりやるという申請にしましょう」と提案し、書類をまとめました。結果として、つくば市は見事にスーパーシティに選ばれることになったのでした。
本当にやりたいこと同士を調整する
こうしてスーパーシティへの取り組みを行なうなかで、鈴木先生は、自らが住むつくば市への理解を深めていきました。このようないわば準備段階があって、鈴木先生は今度はスマートシティへと、つくば市顧問という役職として参画することになり、『つくば市自動運転バス実証実験』『つくば医療MaaS』『ランドセル運搬支援事業』および『投票MaaS』の取り組みを構想し、実践していくことになるのです。
鈴木先生が果たした役割は各プロジェクトによって違っていますが、主として行なったのは計画、予算申請、全体の調整や助言などでした。こうしたプロジェクトには、市役所はもちろん、多数の民間企業や組織等が複雑に関わりあうので、中でも“調整”の部分がたいへんです。言葉から感じられるイメージよりも、それははるかに難しい事柄でした。
「さまざまな利害を持つ関係者を調整していくわけですが、一番難しかったことは、『一言でも口にしただけで爆発するような地雷』が大量に存在したことでした」と、鈴木先生は振り返ります。誰かの利益は、他の誰かの不利益。この点を間違えないように、けっして地雷を踏まないようにしながら、1つずつ慎重にそれを撤去していかなければなりません。
そのためには、「プロジェクト全体にとって良いこと」を考えるだけでは、とうてい足りません。むしろ、それぞれの人々がなぜプロジェクトに参加していて、何が起こればその人は幸せになるのかを考えていくことの方が、大切といえるかもしれません。それらを複眼的に考えて叶えながら、プロジェクト全体の進捗とすり合わせ、1歩ずつ着実に前進していかなければならないのです。そして鈴木先生は、なぜかその術(すべ)に、大変長けていたのでした。
人は人が好き
そのことと関係があるのかどうかはわかりませんが、鈴木先生は昔から「この人は何を考えているんだろう」等と思いを馳せるのが好きでした。交差点などで「あの人はなぜあの服を着ているのだろう?」「あの人はどこへ行くのだろうか?」などと妄想することもしばしば。ただしその場合には、妄想すること自体は面白いけれども「本人の考えは絶対にわからないのだ」という、自分と他人を画す絶対的な線引きがありました。
人を完全に理解することは不可能だが、それでも、その人の内面について考えをめぐらしてしまう。これは端的にいえば「人間が好き」ということなのではないでしょうか?
「私は自分の研究の専門分野として機械を四六時中いじっていますけれども、『どうせ人は機械が好きなわけじゃないんだから』ということは、常に思っています。本当に機械自体が好きな人なんていうのは、まあ、いないと言ってもいいでしょう。機械が好きな人っていうのは、自分と同類の、機械が好きな他の人との交流が楽しい。つまり、人は人にしか興味がないんだっていうのが、私の基本概念です」。
鈴木先生は、機械によって歩行困難者の歩行支援に取り組んでいますが、「歩きたいために歩きたい」という人はいないのだといいます。立ち上がりたいために立ち上がりたいという人はいない。立ち上がってやりたいことは、スーパーで高いところの物をとりたいといったことはもちろんあるにせよ、他の人たちみんなと、普通に会話がしたいのだと。「『つくばのサザコーヒーのあそこのカウンターでコーヒーが飲んでみたいな』とか『立ち食い蕎麦屋のそばを食べてみたいな』とか、その願いを知ることは、とてもとても楽しいことです。もちろんそれが実現している状態を見るのも、自分にとっては楽しいんでしょうね」。
「問題」と「課題」の違い
さて、鈴木先生が請われて参加することになったスマートシティのプロジェクトですが、鈴木先生の側から見て「これはやりやすそうだ」と感じたポイントがありました。それは「スマートシティは、問題と課題が明確である」というもの。
ところがいざ参加してみると、スマートシティ協議会では、問題と課題という単語が混同されて使われており、鈴木先生としては、背中がむず痒くなるようなもどかしさを感じざるをえませんでした。
「『問題』というのは非常に簡単で、要するにそれは、理想と現実の差分でしかありません。そのため、問題というのは大量に存在します。理想があればその数だけ、現実との差分がぜんぶ問題になるからです。この『問題』を、モビリティや市役所の人手、お金で解決しようということになると、そこにそれぞれの『課題』が発生してくるわけです」。
これはすなわち、課題解決の手前に、まず問題の所在を明確にしなければならないということを意味します。そこで鈴木先生は、2020年から1年間は、プロジェクトにまつわる大量のデータを収集し、それを分析することに費やしました。するとそこから、さまざまなことが見えてきたのです。
『つくば市自動運転バス実証実験』(1)
つくばには、『つくタク5』という、(鈴木先生の評によれば「そこまで優良ではない」ものの)なかなかに便利なサービスが存在します。鈴木先生は、過去9年分の『つくタク』のデータを全部集めて、誰がどんな目的で使っているのかを調査しました。結果は明白でした。50%は病院、20〜30%はイーアス6への移動。つくばの人々は、主に病院とお買い物のために『つくタク』を使っていたのでした。
「これは一例ですが、ここでの『問題』は明確なんです。そういった移動に利用できる足がないことです。これを掘り下げるために、住民説明会で地元の人にいろいろと質問をしたり、小田地区や光陽台地区といった、高齢化率が高い地域の住民の方とも話をしました。するとやはり、通院、買い物、そして学校に行くこと、これくらいが主用途であることがわかってきたので、注力ポイントが見えてきたわけです」。
こうしたヒアリングを積み重ねて、つくば市のモビリティの方向性は模索されました。さまざまな議論が重ねられましたが、問題となるのは、日々の移動である、通院・通勤・通学に利用できる「公共交通が足りない」ということでした。
2020年当時、鈴木先生はこう考えました。
「この問題は、おそらく数年のうちに変わることはないだろう。それに、都市と郊外の2極化という問題に関しては、人口が集中している東京等の例外箇所を除き、いずれ同じ問題が発生することになる。それならば、つくばが先んじてその問題に取り組むことには、意義があるだろう」。
問題の大きさを考えると、これはなかなか挑戦的な取り組みでした。
『つくば市自動運転バス実証実験』(2)
鈴木先生が20年前に筑波大学に就任してやってきたときには、学生や大学関係者の8割5分〜9割程度が、大学の宿舎に住んでいました。それがやがて7割5分程度にまで減少し、つくばエクスプレスで通勤・通学する人も増えました。
そうなると、朝8時台と夕方5時台につくば駅〜筑波大学間のバスに乗ろうとする、学生や大学関係者がたいへん多くなります。しかしこの時間帯は、筑波大学以外の他の場所でもバスが必要であるため、バス会社としては、単純にバスの便数を増やすことは難しいということでした。そこで、需要が高まるこの時間帯と、それから学生のニーズがある夜中の時間帯、これらの時間帯を狙って自動運転の実証実験を行なうことにすれば、自動運転専用のバスを活かすことができますし、ちょうど実験の採算性が取れそうです。
幸い、国交省からの補助金ももらえることになり、つくば市としても進めたいという話になったため、2026〜2027年の実装をめざして、この実証実験は現在進行中です。
鈴木先生に言わせれば、自動運転は、自動で走らせること自体は簡単です。しかし乗降のことを考えると、これがぐっと大変になります。例えば自動運転バスの停車予定地に、路肩駐車しているクルマがあったりすると、自動運転バスは、事前にプログラムされていた停車をすることができないので、途端に立ち往生してしまいます。
こういった「自動運転の周りに必要となる技術」は、枚挙にいとまがありません。例えば、自動運転バスには、運転手の目の代わりに多数のセンサーが車体に取り付けられていますが、それでも必ず運転中に死角ができてしまう曲がり角がありました。
それでは、車体の方にではなく、死角になってしまう道路側にAIカメラを1台取り付けて、その情報をバスに繋げたら?すると「周辺に人がいます」という情報を漏れなく把握できるようになりました。それでは今度は、すべての曲がり角にカメラを付けてしまえばどうだろう?(クルマと道とで相互補完するこういう考え方を「路車協調」といいます)
こんな風に、さまざまにアイデアを検討し、使えるものはすべて使って、実証実験は進められていくのです。
『つくば医療MaaS』(1)
「いや先生、本当にね、自分一人で、病院に気兼ねなく行けるっていうのは大事なことなんです」。こういった声を地域住民の方々からじかに聞くたびに、鈴木先生は思います。
「『つくば医療MaaS』も、関係各所の調整がなかなか大変なんですけれども、やはり、やらなければいけないことなんだろうなと」。
さて、この『つくば医療MaaS』とは、いったいどんなプロジェクトなのでしょうか?
つくばに住んでいると、病院に行くのにも1日がかりになってしまうことが珍しくありません。さらに家族の誰かが同伴するとなれば、その家族も1日拘束されてしまうわけですから、もっと大変です。患者自身が、比較的短い時間で、1人で病院への通院と帰宅をこなせるようになればどんなに良いことでしょう。それに、もしこのようなモビリティ・プロジェクトが実現すれば、病院への行き来に限らず、さまざまな事柄への応用可能性がひらけるはずです。そんな目的とポテンシャルを見込んで、『つくば医療MaaS』への取り組みは始められました。

さて、ここで、とある患者さんが病院へ行った場合の1日の動きをシミュレーションしてみましょう。病院に着いたらまず、受付に行く必要があります。受付で待ったあとは、診察のために診療科に行くことになりますが、ここでたいてい長い待ち時間が発生します。診療科で先生の診断を受けた後、検査に行く場合もあるでしょう。その後に精算となりますが、この精算の待ち時間にしても、受付番号の表示を待たなければいけないため、どこか他の場所に行くわけにもいかず、ただその場で時間をつぶしていなければなりません。結果として、帰宅が予定より大幅に遅くなることも珍しくありません。
これはもちろん病院や先生に原因があるわけではなく、1人ひとりの診療にかかる時間が読めないことが原因です。例えば「1人あたり1時間かかる」と想定すれば遅れはなくなるかもしれませんが、1日2,000人も患者が外来にやってくる病院などでは、それでは人を捌くことができません。
病院でこうして生じてしまう待ち時間はすべて、テクノロジーが足りないことが原因であると、鈴木先生は考えました。
『つくば医療MaaS』(2)
鈴木先生は語ります。
「受付のプロセスは、要するにその人が来ることがわかるようになっていれば必要ありません。その人の移動の情報がわかっていれば、病院に着いた、その段階で受け付けたことにすればいい。診察の予約も、患者の現在地がわかれば病院側としては問題ありません。もし来なかったときに、すぐに来られるのか、あるいは外のスターバックスで軽食を食べているのかといった情報がわからないことが問題なんです。要するに、位置情報とチェックインの情報がわかれば十分効率化できるわけです」。
「帰るときも精算を待たなければなりませんが、けっこう時間がかかりますよね。これについても後払い制度を組み上げれば、病院から出る際に精算が決定されて後ほど実行される、という仕組みにすればいい。これらが実現すれば、患者さんは半日で帰宅できるようになるかもしれません。これらのテクノロジーは、1つひとつは取り立てて新しいものではありません。『こうだったら良いな』という理想があって、この場合の理想は『1人で病院に行けること』。そして見守っている人が、『いま病院に到着した』といった情報を知ることができれば良いわけです」
これらを実現すべく、このプロジェクトはGPS技術を核として構想されています。
「2023年からかな、技術的には、ビーコンみたいなものを使おうと思いました。いわゆるBluetooth通信とバス停とがあれば、誰がどこで乗って降りたかっていうチェックイン・チェックアウトの確認は、完全にスマホで完結するので、ハンズフリー(指や手での操作が不要)にできそう、というのを実証実験で確かめたんです。これでようやく、医療MaaSが一歩進むかなといったところです。実証実験は、自動運転に乗っていただく実験と、チェックイン・チェックアウト等を確認できるアプリを使う実験に、100人ほどにご参加いただきました。現在のところ、特に問題なく進んでいます」。
『つくば市自動運転バス実証実験』と『つくば医療MaaS』には、プロジェクトとして重なり合っている部分があります。たとえば、附属病院行きのバスが減便になってしまったので、それを自動運転のバスでカバーできないか、といったことです。
「病院はどうしても来なければいけない場所ですから、病院行きのバスを増やすことは、大変だけど大事なことなんです」「いろいろとお任せで心苦しいんですけど」といった病院関係者の声が、鈴木先生の励みになっています。
想定外の苦労とは…?
ところで、鈴木先生がこれらの取り組みで苦労していることとは、どんなことでしょうか。
「やっぱり公共交通のアップデートって、そう簡単にはいかなくて。年単位での取り組みは必要なんですけれども。とはいえ、それはさして想定外のことではないんです。技術的なことは、おおむね想定内かな」。
「技術的なことは」という限定が付いているということは、技術的なこと以外に苦労があるということなのでしょうか?
「苦労することっていえば、この辺、私自身の背後辺りにいる鈴木先生がね、『これを言っちゃうと担当の人、実は大変なんだよな。鈴木先生が言うと断れないんだろうな。でもこれはやっぱり、やらないとダメなんだよな…』っていう内容を、いざ本当に伝えるときが、1番苦労していますね」。それは、自分の研究室の学生さんに対しても同じだと言います。
「いついつまでに論文にしようねっていうのは簡単だけど、いや、大変なんだよな、論文書くの。苦労するんだよなって。私だってチェックするのに苦労するんだよなと思うんですけど、そう、やっぱりね、言わなきゃならないことなので」。
鈴木研究室の論文3箇条
論文については、研究室の重要な評価だということもあり、鈴木研究室には、たかが論文、されど論文、やはり論文という3箇条があります。
論文は「たかが論文」、それができたから、即、何ができるというものでもありません。しかし学問的に何かをしようと思った時に、1番最初のエビデンスとなるのが論文です。つまり「されど論文」。そして最後に、その論文は、学位取得とか、研究機関への就職とか、自分の実績になったりしていくという部分で役に立つ。すなわち「やはり論文」であると。
「というわけで、心を鬼にしながら、論文を書きましょう、ということにしているわけです。我々が国のお金をいっぱい使えているのは、それは、論文を書くためだけなんですよ。その文章が、一文でも一言でも残っていって、次の人がそれを拾ってくれればと願って論文を書く。ですから極端な話ですけど、本当に内容はなんであれ、まずは論文にすることが優先。知見がないのはダメだ。でも知見が1個でもあるのなら、それを自分の論文にしようよと言っているんです」。
論文は礎石である
「私自身が、人生において『これをすごくやりたい』という明確なビジョンがあるわけではないんです」と、鈴木先生は自己分析します。「昔、学生時代に考えた将来像も『世界を股にかけるビジネスマン』とか、笑えるぐらい内容がないんですよ」。
しかし広い意味で考えれば、1つ、鈴木先生にも思い当たることがあります。それは、「サイエンスをやりたい」ということ。具体的には、そう、論文を書くことです。自分の知見を論文にしておけば、いずれ誰かが見てくれるかもしれません。少しでもその可能性があるから、当面は誰も読まなさそうなことでも、論文にしておくのです。
3年、5年かけて書いた博士論文だとしても、タイトルと冒頭のアブストラクト(要約)を読んだだけで「これは違うな」と思われて読まれないこともある、それが論文の人生です。しかし、もしかしたら100本に1本くらい、誰かがしっかりと読み込んでくれる論文があって、「この人たちはそのとき、何を考えたんだろう」「その先に自分は何ができるだろう」ということを考えてくれるかもしれません。1人ひとりが大きなことをできるわけではない。けれども小さな石1つひとつを積み上げていくために、サイエンスをするのだと、鈴木先生は考えます。
目的は、「こんなすごいことをしたよ」とひけらかすことではなく、「これは私たちが明らかにしたことだから、もうやらなくてもいいよ」と、次の世代の人たちに伝えること。そうすれば、いわゆる『タイヤの再発明』をしないで済みます。サイエンスは、人々の共同作業として、未来へ未来へと残っていくのです。
「つくばの実証実験についても、『実証ばかりで実装に繋がらない』と言われることもありますが、私は正直に言ってあまり気にしていません。実証ができていれば、実装というのは、するかしないかの差だけだからです」。
『ランドセル運搬支援事業』(1)
このプロジェクトは、名称が示す通り、小学生がランドセルを背負って通学するのではなく、それを機械的に支援しましょうというもので、地元の人のアイデアから始まりました。もし小学校が徒歩圏内であるのなら、クルマで送り迎えしなくても、歩いていけば問題ありません。ところが最近の小学生のランドセルの中身はいささか重すぎるので(持ってみたことのない方は、きっとその重さに驚くはずです)、その持ち歩きだけでもなんとか対処・支援できないか、というところから、始まった取り組みです。
当初は「まとめてクルマで運ぶ」という案もありましたが、それでは面白くありません(研究において、「面白さ」は重要な要素です。面白いものは、人の心を動かし、プロジェクトを動かし、それらによって、おそらくは応用可能性をも広げるからです)。
そんなわけで鈴木先生は、カートのようなロボットが小学生の後ろから付いてくる、というプランをまとめました。小学生はロボットのいる地点まではランドセルをかついでやってきて、そこでカートにランドセルを入れ、集団になって通学をするのです。

『ランドセル運搬支援事業』(2)
「いやー、それを実際にやっているところを見たんですけどね、おかしくて可愛くて笑ってしまいました」と、鈴木先生。
「子供たちがね、何気なくやってきてロボットのカートの中に、ランドセルをがんがんと入れて。それ以外にも、カバンなんかの他の荷物がある。これらをロボットに詰めてね、ちょっと紐でくくる部分に飾りがあったりして可愛いデザインになっているロボットなんですが、それを酷使しながら通学していく。その様子を見られたのが嬉しかったですね。特に、実証実験を始めてから3週間後、少々慣れてきた頃合いに見た時は、ほぼ子供たちがロボットのことを気にしておらず、それが何よりも嬉しかった」。
鈴木先生はロボット工学や人工知能に携わっていますが、その技術がありがたがられているうちは決して発展しない、と考えています。それはまだ、サーカスみたいなものでしかないからです。
一例として東京に「ゆりかもめ」という新交通システムがありますが、乗り込む人々は、1回目は無人運転だとかいった新規性に意識がいくものの、2回目からは「時刻表通りに動いているか」といったことしか考えません。技術の新規性が目立たなくなった時点で、その技術は人々に受け入れられた状態になるわけです。
つくば市にある「自動運転」
鈴木先生はしばしば「つくば市には、自動運転が実装されているんですよ」という話をします。駅に着いたらクルマが自動でやって来て、近づくと自動でドアが開く。そして行き先を音声で伝えれば、自動で走行する。そのため、お酒を飲んでいてもまったく問題がない。そして目的地についたら決済も終わっているから、非常に便利なんです、と。すると言われた方は驚いて「そんな乗り物がつくばにあるんですか?」と尋ねます。すると鈴木先生はこう答えます。「それはタクシーです」。これは笑い話のようですが(実際、鈴木先生の答えを聞いた人は皆、思わず笑ってしまいますが)なかなか示唆に富んだやり取りです。
「私からすると、自動運転とタクシーは同じようなもので、人々が『自動運転は良い』と言っているのはきっと、タクシーより安いなら良い、ということと同義だと思うんです」。
もちろん1回目は自動運転をすごくありがたがることでしょうが、2回目からは「お迎えの時間に間に合うのか」等といったことしか考えないだろう、というのが鈴木先生の持論です。
技術が、技術として目立って取り沙汰されているうちは、まだまだ未成熟な証拠。コンピューターやiPhoneの例で考えてもわかるように、その技術がどういうものかがわからなくても普通の人が使いこなせるようになって初めて、それらは生活の基盤になります。ランドセルの運搬支援も、そういう状態をめざして、資金を賄えつつ進めばいけるだろうと、鈴木先生は考えています。そしていずれはカメラ等を装備し、通学中の小学生の見守りができるようになれば、集団登校班における、6年生の代わりのような存在になりえます。
実証実験では、ロボットが先行し、生徒たちがその後をついていく形式でしたが、ベストなのは、6年生が集団登校の先頭に位置し、ロボットが最後尾で見守りながら進んでいく状態。これなら成り立つと、鈴木先生は感じました。
「反省点ですが、まだまだ技術は足りませんね。あそこの段差が超えられないなあとか、歩道を走行できず車道を走行するしかないんだよなあ、とか。あとはやっぱり、見守りの機能があれば、より良いですよね。ですが実証実験によって、ロボットが人の代わりに色んなものを運ぶのは有用であると感じられたのは、成果だったと思います」。
ゴミ出しロボットとおばあちゃん
同じ地区で、同様の種類のアイデアとしてゴミ捨ての支援等も考えられましたが、こちらは当初、あまり受けが良くありませんでした。
「ゴミを置いておけば、ロボットが自動でゴミ出しを行ってくれれば嬉しくないですか?」という鈴木先生に対して、地域の人は「それじゃだめなんですよ。ゴミ出しはおばあちゃんに行ってもらうことが大事で、おばあちゃんはそれによって社会に参加しているんです」と言うのです。
そこで、当初のアイデアとは異なるかたちで実験が行なわれました。
ゴミ出し場で、おばあちゃんがゴミをロボットに乗せる。そしてロボットが走行する横をおばあちゃんが一緒に歩いて、ゴミ捨て場に到着したら、おばあちゃんがロボットからゴミを取り出してゴミ捨て場に捨てる、という具合です。その道すがら、おばあちゃんがご近所さんと挨拶などを交わしていくのを見て、鈴木先生はなるほどと思いました。ゴミ捨てという行為が、ご近所さんとのコミュニケーションの機会にもなっているわけです。
それに、ロボットは移動はできますが、荷物の積み込みや積み出しはそれ専用の技術が必要になりますし、実現しようと思ったらロボットアーム等を付けなければいけません。その作業をおばあちゃんがやってくれるなら、まさに好都合です。



このように、テクノロジーについて考えるとき、つい「完全自律活動がベストである」という方向で考えがちですが、スマートシティ全体として考えるなら、人と機械の協業といったかたちも視野に入ってきます。人ができることは人がやり、人がやりたくないことをロボットにやってもらう。これがスマートシティの良いところなのかもしれません。
これらのプロジェクトは、別につくば市が1位でなくてもいい、競争をしなくてもいいから、とにかく誰かが進めていくべきだと、鈴木先生は考えています。
「失敗」は「想定」との差分
ところで、話が少し逸れますが、小中学校などでよく「将来の夢」などを聞かれることがあるのではないでしょうか。鈴木先生のお子さんたちもしばしば聞かれるそうなのですが、鈴木家ではそれを「時刻tにおける将来の夢」と言い換えています。
新しい情報が入ったら夢は変わるのは当然だから、自分が言った過去のその時刻t時点での夢に縛られて生きる必要はない。夢は明日、変わってもいい。
「ある意味、それくらい無責任といえば無責任に考えて。『失敗』というのも、定義をするならば『想定していることとの差分』という意味なんだと思うんです。ですから、この想定している部分が低ければ低いほど、失敗とは感じない。これは学生の研究とか、自分のやることに関してもそうです。失敗は、いわゆる失敗とは捉えていないんです。戦略を立てるための情報が収集されたっていうことですから」。どうやら鈴木先生は、「そもそも物事に大きな期待をしない」人のようです。何かに期待をかけるというよりも、1つでも物事が進んだら「それはすごい」と感じるタイプ。鈴木先生の「問題」と「課題」にまつわる定義はさきほど紹介しましたが、別の角度から「問題」を表現すれば、次のようになります。「『問題』は、『理想的な未来の状態』と『そのまま何もしなかった場合の未来の状態』との差分」。環境問題も、高齢化社会も少子化も、この定義に当てはめて考えてみることができるでしょう。
このような捉え方をした場合、「ある過去の時点でどのようであったか」というのは、今後打つべき手立てを考えるという意味では参考になりますが、現時点でその過去を嘆いても仕方がない、ということになります。
「目の前のことを、とりあえずしっかり一生懸命やること。『これは他の都市でもやっている』とか『これはそのまますぐには実装できない』とか、口さがないことは色々言われるものですが、私は目の前のことを一生懸命やることが、損になるとは思っていません。むしろ『これこれの特定の将来のために、いまこれをやっておこう』なんて戦略的に考えても、うまくいく場合の方が少ない。ですからこれは、考えてみると、案外合理的で冷たい考え方なのかもしれないです」。
自分が他人として見える
「昔から自覚していたんですけど、私は人と話しているとき、『こういう言葉を言ったらこんな言葉が返ってきて…』というパターンが、100通りとは言わないんですけど、何十通りか、ものすごい速度で浮かぶんです。さらにその状態を、私自身が背後から見ている。例えば、『今日この時点では、筑波大学の教授としての鈴木健嗣先生がこの辺にいて、自分がそれを見ている』というかたちなんです。自我と自己が分離してるんですよ、完全に」。「自我っていうのは当然自分の意識なので、それがあることは間違いないんですが、自己っていうのは、他者との関係性によって成り立つものです。その自己の方が、ちゃんとその場その時の内容に合わせた状態で、すべての振る舞いを行なっている、という状態なんです」。
「だから私、あんまり怒らないんですね。人に主観的に感情をぶつけたりということがあまりない。これは、常に第三者的に見てるから冷静なんじゃないかと思います。よく『こんな言い方はないですよね!?』って、こう、主観的に相手を責めるような言い方がありますけれども、ああいうのはあんまり肌身で感じないんです。これはある意味、自分自身というものが他人事のように見えているからというのがあるかもしれないですね」。
鈴木先生が人と人との間の調整ごとが得意であるというのも、こんな独特な「世界の見え方」と、関係しているのかもしれません。
物事の評価はプラス法で
鈴木研究室には、あたかも秘伝のように…というと大げさですが、毎年受け継がれている伝統があります。卒業論文発表が終わった日の飲み会で、鈴木先生が発表した学生に必ず「自己採点で何点でした?」と聞くのです。すると大抵の学生は、「60点でした」「80点でした」等と答えます。2024年時点、70人くらいの卒業生の中で、「100点でした」と答えたのが、これまでに2人。残りの優秀な筑波大学生はみんな、平均で言うと70点くらいの感じで答えます。そこで鈴木先生は重ねて尋ねます。「なんで70点だったと思うの?」。
「質疑応答がうまく答えられませんでした」等といった答えが多いのですが、「それは70点の理由じゃなくて、マイナス30点の理由を言ってるだけだろう」というのが鈴木先生の考えです。そこで鈴木先生は「70点分、何ができたと思っているのかを聞いてるんであって、できなかった30点の理由を聞いているんじゃないんですよ」と、毎年、学生に伝えます。
「自分で言うのもなんですけど、私は小・中・高校と、成績がすごく良かったんです。テストとくれば100点か90点か。それで、90点をとっても『あと10点だったね』って言われるのが、いったいなんでだと、子どもの頃から思うことがすごく多かったんですね」。
「普段70点の人が80点だと『おぉ!』って言われたりしているのを見ると、『えぇ?』と思って。こちらは90点なのにって思っていたので、絶対にマイナス法じゃなくてプラス法で評価をしようと。できなかったことは仕方がない。何か理由があるんでしょう。でもどちらかといえば、できたことが、なぜできたのかということです。もう1回、それをちゃんと繰り返してできるようにすることの方が重要なわけです」。
別にむりやり考えているわけではなく、合理的で、生産的に考えてるだけなんだというのが鈴木先生の考え方です。過去のことを振り返っても仕方がない。できなかったことというのは、その時点でできなかったことであって、未来永劫、できないことを意味するわけではないからです。
現在へのターニングポイント
そんな小・中・高校時代を送った鈴木先生は、「物理学者になりたい」と思い、そのために早稲田大学の理工学部の物理学科に入学します。
「理由は簡単で。私、難しい問題にチャレンジするのが趣味なんです。簡単な問題は、苦手というか嫌いなんです。たとえそれは論文になりそうだとしても、あるいは学生のテーマに関しても、『これはこうやったらできるな』と思ってしまうと、どうにも興味が湧かない」。
こうして入った物理学科で、しかし、鈴木先生は大きく方向転換をすることになります。人工知能やロボットの方へと大きく舵を切ったのです。
「物理学科に入った当初、私は応用光学をやりたかったんです。光がこう出てきて、それがいろんな結晶に当たって、回折したり、非線形に変形したりするのが面白そうだと。
ところが3年生の時のことなんですが、1人20分の試問があったんですね。光を当てて、その回折を見るというマイクロ波の実験がテーマでした。私はレポートも書けていましたし、特に問題ないだろうと。何かわかんないことがあれば本を見ればいいやと思って、3冊ぐらい小脇にかかえて、『なんでも聞いてください』っていうくらいの、若気の至りで先生のところに出向いたんです」。
すると、その先生はこう尋ねてきました。
「君、マイクロ波ってどうやって作るか知ってる?」
当時の鈴木先生は(おそらくほとんどすべての学生がそうでしょうが)実験機器のボタンを押せばマイクロ波が出てくるということは、ごく当たり前の前提として実験に取り組んでいました。当然、そもそものマイクロ波がどうやって作られているかなんて、知りようもありません。鈴木先生にとってそれよりも悔しかったのが、その点について考えてみたこともなかったということでした。持ってきた本はすべて、光が出た、その先についての話ばかりですから、ものの役に立ちません。
「それでその20分間、マイクロ波はどうやって作るのかっていうことを書かされたんです。それで終わっちゃったんですよ。よし、時間だねと言われて。もう、あのときのね、自分は敗者だなっていう悔しい気持ちといったら」。
鈴木先生がそのレポートを持って部屋を出ようとした瞬間に、後ろからさらにもう一言、傷口に塩を塗るような素晴らしい言葉が畳み掛けられました。
「君ね、あるものをあるものとして受け入れたら、物理学に進歩はないよ」。
これがターニングポイントでした。こんなことってあるんだ、というくらい悔しい気持ちを抱えた当時の鈴木先生は、そのまま、次の日にその先生の研究室に見学に行ったのでした。
「それまで、その先生の研究室には全く興味がなかったんです。何しろ制御とロボットの先生だったから。でも、そのときの私にとって、テーマはなんでも良かった。その研究室の中で、最も理論っぽかった機械学習を選ぶことにしたんです」。
こうして、大学3年生というタイミングで、鈴木先生の将来は大きく変わることになったのでした。
「その先生とは、今でも本当に仲良くさせていただいていますよ。『そんなこと言ったかな』と言われたりしますけどね」。
そんなこともあって鈴木先生は、筑波大学でも、(本来は筑波大学の該当カリキュラムには試問はないのですが)試問の時間をつくって、学生と話すようにしています。
「さすがに『マイクロ波はどうやって作るのか?』とは言わないんですけど、でもね、似たようなことは言ってるんです。大学の先生からの何か一言で人生が変わることってあるんだよなっていうことが、自分自身としてよくわかっていますので。だから今でも学生に言います。テーマなんていうのは後からどうでもなる。どこで誰とやるかが、ずっと重要なんだと」。
育成はエンターテイメント
こうして鈴木先生は機械学習・人工知能に関する内容で卒論を書きました。そして大学を出て就職をしようと考えたときに、3つのことを考えました。第1希望。もし学振8を取って大学に残ることになったら、教員になろう。第2希望。コンサルタント、あるいはシンクタンクの研究員になって企業の支援をしよう。第3希望。広告代理店に行って、企業の広告を作って、それによって企業を支援しよう。
結果として鈴木先生は第一希望通り、早稲田大学で博士号を取得し、筑波大学に着任して人工知能研究室を立ち上げることになります。
「これについては、大層なことが言えなくて申し訳ないんですが。学生が育っていくのを見るのは、私としては大変なエンターテイメントなんです。何もわからなかったような学生が、4年生になったらいつの間にか、すごくまともなことを言っている。ズバリと質問に答えたりしてくれるとうれしくなっちゃいますね」。
「そんな彼らが、たくさんの情報をポンと私たちにくれているのは間違いない。私たちは『考え方』しか教えられないので、いろんな知識であったりとか、知見だったりとか、ものの見方というのは、彼らが持ってきてくれるものです。なおかつその上で、ぐんぐんと成長していくのを見ると、いやもうロールプレイングゲームではないですけど、ああいったものが好きな人たちの気持ちが、わからなくはないですよ」。
研究室というのは、(特定の研究をすることはもちろんですが、)その特定の研究を自ら進めていけるようにまで訓練する、という使命を帯びています。しかし研究室が学生に対して用意できるのは実質的にはそこまでで、育成については、ある意味「場を提供する」ことしかできないのだ、というのが鈴木先生のスタンスです。場を提供し、学生が自分自身を学者へと育成していくのを見守るわけです。
鈴木先生が驚いているのは、博士になった学生の数です。研究室ができて約20年の間に、博士が37人輩出されているのです。
「驚くのは、人数もそうなんですが、それだけの多様な、もう大人どころか博士になった学生たちが、それぞれにこう、いろんなこだわりを持っている。それに触れられることも、とても嬉しいことですね」。
「学生の人材育成に携わることは本当に幸せです。私たちの研究室に来てくれる人がいて、それぞれが成長していく。そして私の話を聞いてくれる人が、気づけばこんなにたくさんいる。幸せだなと思います」。
研究室内を国際化する
「学生時代に考えていた『世界をまたにかけるビジネスマン』という将来のイメージは本当に漠然としたものでしたが、これも多分、いまの自分とつながっています。自分のなかに『いろんなことを考えている人』のストックとかバラエティが増えるから、さまざまな世界を見られる人生が良いな、という風に考えていたんだと思うんです」。
こうした鈴木先生の指向は、かたちを変えて、人工知能研究室の中に実現しています。鈴木先生の自慢の1つは、人工知能研究室が、開室以来20カ国ほどの国から28名の学生を受け入れているということ。留学に行くことも国際化ですが、逆転の発想で「学内で自分たちを国際化してしまおう」というわけです。
外国で就職している、鈴木研究室の留学生も大勢います。彼ら・彼女らのところに行ってご飯をごちそうになる、というのは鈴木先生の今後の人生プランの1つです。
「つい先日、また1つプランができて。うちの研究室から出た女子学生で、国費でやって来ていたベネズエラ人なんですけど、いまロンドンに行ってamazonで働いているんです。『先生、お昼ご飯を奢るよ』って言われて、本当にご馳走になりました。これはもう、本当に感動しました」。
『投票MaaS』(1)
鈴木先生が『つくば市自動運転バス実証実験』『つくば医療MaaS』『ランドセル運搬支援事業』と同時期に手がけたもう1つの重要なプロジェクトとして、『投票MaaS』があります。いわゆるインターネット投票をめざすところから始まって、さまざまな変遷を経て実現に至ったプロジェクトです。
「インターネット投票というのは技術的・法的にさまざまな困難がつきまとうのですが、ちゃんと声を上げなければいけないな、やりたいなと思いまして」。
「最初は学生たちの投票率が低く、インターネット投票が実現すれば学生も投票するんじゃないかといった問題意識があったようなんですが、おそらく私がこのプロジェクトに入ってから、その意識はほとんどなくなりました」。
「なぜなら、自分の足で投票所に行けて、自分の手で書けて、そして時間も自分の都合で捻出できる人間を、なぜ我々がお金をかけて支援する必要があるんだっていうのが私の意見です。しかし、寝たきりになっていて投票ができない人、運動機能障害があるので自分の手で書けない人といった人たちは、インターネット投票によって劇的に生活が変わります」。
そこで、そういった人たち10人ほどに集まってもらって、模擬投票が行なわれました。投票は5択で、選択肢は「インターネット投票がいいか」「期日前投票、かつインターネット投票がいいか」「投票所まで行ってインターネット投票がいいか」等といった選択肢でした。
なかでも技術的に1番ハードルが高かったのは、「期日前投票も含めて、当日までインターネット投票を行なう」ことでした。
『投票MaaS』(2)
するとその時に、肢体不自由の人で、自分では身体を動かせないし、会話にもかなりの程度の不自由さがある人が、「当日までインターネット投票」に手をあげたのです。
私は自分で文字を書けないから、いつも期日前投票に行っている。なぜならば、私が行くと自分で書けないので、選んだ候補を声で伝えなければならない。それには投票所を一旦閉めて、他の人に外で待ってもらう必要がある。選挙当日はたくさんの人が来るから、自分の投票で周りに迷惑がかからないように、いまは仕方なく期日前投票に行っている。
でも、もしもインターネット投票ができるなら、私は当日に投票をしたい。なぜなら、最後まで考えたいから。
「そう言われて、私は泣きました。もう、技術的に当日インターネット投票はできないなんて言っていた自分が恥ずかしかった。おっしゃる通りと思いました」。
ちょうどその時に居合わせていた選挙の専門家の先生によれば、これは重要なポイントであるということでした。現行の期日前投票が孕む問題にも関係することだというのです。例えば、期日前投票後に、その候補者が亡くなってしまい、投票分が死票になってしまうという可能性。あるいは期日前投票の期間中に候補者が事件を起こした場合、いったん投じられた票は、もう変更できない。すると、仮に候補者が大変な犯罪を犯したとしても、その前日までの投票で当選することが決まっているなら、その候補者=犯罪者がそのまま議員になってしまい、不逮捕特権9が出ることになってしまうという可能性。そんなことは滅多にないにしても、リスクは確かに存在するということでした。
「こうした場合、最終ゴールは絶対にぶれません。それは『インターネット投票は当日までできるようにすること』。なぜならば、最後の一瞬まで確かに考えて決断を下したいという、その願いに対して、我々はそれ以外の代替手段を持たないからです。インターネット投票はそういう人たちのためにやるべきだと思います」。
『投票MaaS』(3)

さらに、進行中のつくばスマートモビリティの一環として、オンデマンドで予約すると、投票所がその人の家の前まで行くというプロジェクトが進められています。これはモビリティの取り組みと合わさっているので『投票MaaS』と呼ばれています。投票者が投票所まで行って投票するのではなく、逆に、比喩的に言えば「投票所をその人たちのところまで運んでいく」というプロジェクトです。
しかし、オンデマンドでの投票には1つ問題があります。通常、「投票所はここです」ということは告知されないといけないのですが、オンデマンドだとそれが告知されないことになってしまうという点です。これについては、すでにつくば市の方で取り組みが行なわれていて、「この区域がオンデマンドでの投票所です」という告知でも可とするという、規制改革が行なわれました。
「『インターネット投票をやりたい』という現市長の号令のもとで、いま目の前にある課題として、1歩でも進められればいいと私は思っているんですね。私自身がそれを実現したいとか、そんな大層なことではなくて、ちゃんとバトンを次の人につなげればと。研究者には、そういう心が初めからあるんじゃないかな」。
どの論文も、参考文献がないものはありません。それと同じようにこうしたプロジェクトも、過去の様々な知見を積み重ねて、その上に少しだけ新たな知見が重ねられ、そして未来に委ねられていくのです。
研究者が背負うもの
「研究していてもいつも思うんですけど、『世の中のため、人のためになんか良いことをしましょう』っていうのが、一見それらしそうでいて、実はすごく大変なんです。人を助けられる人っていうのは、要するに自分自身に余裕があるからなんだと、私はすごく感じるんです。
私たちは大学の教員ですから、基本的には、クビにもなりません。その代わり私たちは、社会のリスクを負って、社会の代わりにチャレンジしているのだと思います。この研究がうまくいくか、この研究はちゃんと知見として残るかなんて、全然わからない。やれば必ず結果が出るっていうようなものでもなく、本人と研究の相性もありますし、時代背景もある。でもそこに人生を賭けている。要するに、すごいリスクを負って研究ってしてるはずなんです。そういった、研究するという行為を通じて、困っている人を減らす。少しくらいしかできることはないのかもしれませんけど、将来、世界が良い方向に進むことに貢献したい。私が研究を通じて実現したいのはそういうことです」。
サイエンスの勝利
そんな風に研究者としての自分を捉えている鈴木先生ですから、スマートシティにおける自らの役割にも、思うところがあります。それは、これまでスマートシティについて考えて来た人々の意図を受け継ぎ、自らの役割において新たに考えた事柄を、次に現れた人につないでいくということ。自らを、長い歴史のなかで役割を割り振られたパフォーマーとして見る視線が、そこにあります。
鈴木先生は「ひと1人にできることはたかが知れている」と言いますが、それはこの場合、あきらめではなく「わきまえ」です。もし最後までやらなければならなくなったら、誰かにやめろと言われるまではやる。けれども決して1人で出来ることではないので、関係者の皆で材料を持ち寄り、お互いに紡ぎ合わせて、最終的にはその一部でも実現ができるように、研究・調整・実践をしていく。
「すごくかっこいいこと言うと、そのときに言いたい言葉があります。その研究うまくいきましたね、これは社会実装されましたね、もっというと、スマートシティうまくいきましたねって言われたときに、『それはサイエンスの勝利ですね』って言ってみたい。人々が抱えてきた問題に対して、また1つ、サイエンスが勝利したと」。「私が飲んでいるコーヒーの、そのコーヒー豆だってサイエンスだし。私は万年筆のこのインクをこよなく愛しているんですが、これも長年のサイエンスによって、まさにこの適切な浸透圧によって、文字が書かれていく。それらも全部、サイエンスが作ってきてくれたわけですよね。そんな風にしてまた1つ、新しいサイエンスが世の中の問題を解決できたんですねって言ったら、それって、かっこいいと思いませんか?」
(了)
文章中の肩書き・組織名などは、2025年6月現在のものとなります。
脚注
- モビリティ:移動性。移動手段。公共交通を始めとした、人々の移動を可能とする力。↩
- MaaS:Mobility as a Service。直訳すれば「サービスとしてのモビリティ」。様々な種類の交通サービスを、需要に応じて利用できる一つの移動サービスに統合すること。(参考)”White Paper”, MaaS Alliance, September 4, 2017,MaaS-WhitePaper_final_040917-2.pdf↩
- スマートシティ:グローバルな諸課題や都市や地域の抱えるローカルな諸課題の解決、また新たな価値の創出を目指して、ICT等の新技術や官民各種のデータを有効に活用した各種分野におけるマネジメント(計画、整備、管理・運営等)が行われ、社会、経済、環境の側面から、現在および将来にわたって、人々(住民、企業、訪問者)により良いサービスや生活の質を提供する都市または地域(参考)内閣府ホームページ:https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/smartcity/index.html↩
- スーパーシティ:スーパーシティ型国家戦略特区。複数分野の大胆な規制改革と併せ、データ連携基盤を共同で活用して複数の先端的サービスを官民連携により実施する区域。2022年4月に大阪市とつくば市の2市が指定。(参考)内閣府地方創生推進事務局:国家戦略特区について,令和4年5月https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/liaison/log/2205_00general/220531/220531general_04.pdf↩
- つくタク:希望の時間帯を予約することで、自宅付近から目的地近くの乗降場所まで移動できる乗り合いタクシーサービス。年間約5万人の利用者を有し、利用者の8割が高齢者、1割が障害者であり、利用目的の7割が通院等という特徴がある。(参考)つくタクweb:つくタクとはhttps://tsuku-taku.com/about/つくば市:平成30年度つくバス・つくタク利用実績https://www.city.tsukuba.lg.jp/material/files/group/126/R01kyougikaishiryou02.pdf↩
- イーアス:イーアスつくば。茨城県つくば市の郊外型ショッピングセンター。↩
- 出典)株式会社日立製作所.「つくば市で障がい者の生活自立支援に向けた医療MaaS実証実験を開始―ハンズフリーチケッティングサービスを活用し,安全安心な地方公共交通利用を促進―」.日立製作所 ニュースリリース.2025-01-17.https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2025/01/0117.html,(参照 2026-01-26).↩
- 学振:日本学術振興会の特別研究員制度のこと。採用されると2年間あるいは3年間、研究奨励金や科研費の提供を受けて研究活動に専念することができる。↩
- 不逮捕特権:国会議員が国会の会期中、特別に法律が定める場合を除いて逮捕されず、仮に逮捕されたとしても議院の要求があれば保釈しなければならないという特権。↩
- 出典)スパイラル株式会社.「つくば市でオンデマンド型移動期日前投票所による模擬投票を実証~ロボットによる遠隔立会の有効性も検証。2024年秋のつくば市選挙での自宅前投票実用化を目指す~」.スパイラル株式会社ニュースリリース.2024-01-15.https://www.spiral-platform.co.jp/20240115/1479/,(参照 2026-01-26).↩
