背景
マンチェスターは産業革命以来の工業都市ですが、産業構造が三次産業にシフトしていっていく中で、競争力を失った工業地が市街地の中に取り残されていました。そのような工業地のひとつとしてマンチェスターの中心部に近くにあるアンコーツは、かつてはコットン工場と倉庫による地区で、他の地区と同様に産業の空洞化と人口減に陥りました。地区が荒廃していく中で20世紀終盤に産業遺産を生かしたまちづくりの機運が高まり、隣接するニューイズリントン地区と併せたおよそ800m四方のエリアで、歴史的建築物を活用した再開発が始まりました。このアンコーツ再開発はアーバンヴィレッジ運動と呼ばれる1990年代以降英国各地の市街地再生に影響を与えた考え方に大きく影響を受けています。アーバンビレッジは「適切なサイズ」「機能のミックス」「多様な住宅タイプ、所有形態、様々な社会階層の共生」「歩行者に優しい環境とデザインの質の向上」「アーバンビレッジが隣接した多核ネットワークの都市構造」を基本的なコンセプトとしています。交通の観点からは徒歩、自転車、公共交通を優先する考え方が示され、自動車交通と大気汚染を抑制することとされています。
アンコーツにおいてもこの考え方に基づき、自動車に過度に依存しない地区としてデザインされています。近年では2014年に開発のビジョンがNeighborhood Development Framework(NDF)として規定され、交通の観点からもコンセプトが示されています。NDFの策定に続いて、構成エリアの一つであるPoland Street地区版の詳細NDFが策定されました。このNDFにおいては街区、街路レベルの役割、方向性が多層的に検討され、その中で地区内の交通量を抑制と持続的な移動を促進するためにアンコーツモビリティハブが計画されました。

実施内容
アンコーツ再開発の構成エリアの一つであるPoland Street 地区では、アブダビアーバングループの出資による新規住宅が400戸計画され、その住民のための駐車場及び付加的な機能を含めてアンコーツモビリティハブが計画されました。
アンコーツモビリティハブはアーバンヴィレッジの考え方を実現するため、単なる居住者用の駐車場にとどまらない様々な機能を有しています。住民および来客者用の駐車場を406台分確保しつつ、車を所有しなくても住みやすい地域とするため、カーシェア車両の駐車スペースを30台分確保しています。同時に、地域のモビリティを持続的なものとしていくことを狙い、150台分の駐輪スペース、自転車の利用を促進するためのシェアサイクル、更衣室やメンテナンス場を備えたサイクルハブを併設しています。また、英国内最大規模となる102台分のEV充電機を設置するほか、400㎡を超える壁面緑化と400枚のソーラーパネルによって二酸化炭素排出を抑え、持続的な地域づくりに向けた工夫がされています。建物一階には先に述べたサイクルハブのほか、宅配ロッカーを設置して配送交通の削減を図るなどの工夫もされています。あわせて地域のコミュニティに資するカフェなども備えており、モビリティと日常生活をつなぐ場としてデザインされています。


ポイント
- 2014年に策定されたNDFでは駐車場への考え方が示されており、街路環境全体との一体化を図ることや、電気自動車の充電、自転車駐輪場の設置が必要であると述べられています。さらに、自転車に対しては、シャワー、更衣室、自転車レンタルなどの必要性まで指摘されていました。アンコーツモビリティハブはこの考え方を具体化したものといえるでしょう。
- Poland Street 地区のコンセプトは、生活を支え、地域を讃える公共空間を有する持続可能なコミュニティを創出することです。このコンセプトの中心的役割を果たすのはモビリティハブに隣接するアンコーツグリーンと呼ばれる1,370㎡の公園及びそこに接続する歩行者ネットワークです。これによりパブリックスペースを拡大するとともに居住環境の高質化、コミュニティライフの改善、都市構造とのつながりの強化を図っています。モビリティハブのデザインにおいてもアンコーツグリーンとの関係性が強く意識されており、緑道と一体となったデザインやアンコーツグリーンを見渡すカフェなどに利用できる商用スペースが確保されています。
- モビリティの機能面からもこのコンセプトを支えるため、居住空間から駐車場や車動線を分離し、移動を自動車から徒歩や自転車などのアクティブトラベルへとリバランスする役割を担う考え方に基づいた仕様となっています。単なるモビリティ機能の集約拠点としての機能にとどまらず、まちの中でモビリティハブが取り得る立ち位置に新たな視点を与えてくれる事例といえるでしょう。



【資料・参考情報】
①ANCOATS AND NEW ISLINGTON NDF CHARACTER AREA 3 - POLAND STREET ZONE, Manchester City Council, June 2020
②Manchester City Coucil Web Site
③IBS撮影
