背景
ドイツでは、交通・モビリティ分野におけるデータの分散が早くから課題として認識されてきました。道路交通、公共交通、駐車場、交通規制などのデータは、連邦、州、自治体、交通事業者など多様な主体により管理されており、利用可能なデータの所在や利用条件が分かりにくいことが、交通管理の高度化や新たなサービス創出の妨げとなっていました。
こうした課題を背景に、ドイツでは2009年、道路交通データの円滑な共有を目的として「Mobility Data Marketplace(MDM)」の構築に着手しました。MDMは、データを一元的に集約するのではなく、分散したデータ提供者と利用者をつなぐ仕組みとして設計され、実運用を通じて、安定性や実用性を検証しながら発展してきました。
この取り組みは、後にEUのITS指令に基づくナショナルアクセスポイント(NAP)の要件に対応するうえで、重要な基盤となっていきます。MDMの開発、実装が進む中で、2013年5月には、EU(欧州委員会)により、高度道路交通システムの展開の枠組みおよび他の輸送手段とのインターフェースに関するITS指令(2010/40)により、ナショナルアクセスポイント(以下NAP)の要件を定め、EU加盟国に対して設置を義務化する内容を追加することが公表されました。
ドイツではMDMをNAPとして位置付けるとともに、公共交通分野のオープンデータを集約していた「mCLOUD」との役割分担を進めてきました。その後も、MDMは、2015年のリアルタイムの交通情報に関する規制(EU Delegated Regulations 962/2015)、2017年にはマルチモーダルの移動情報の統合に関する規則(Delegated Regulation2017/1926 of the EU)に対応して運用されてきました。
2019年以降は、欧州、国のレベルのデータの戦略としてデータスペースを欧州共通で作ることが発表され、この流れを受けてドイツ政府ではm-cloudとMDMの統合を進め、新たなNAPとして2022年7月よりMobilithekの運用をスタートさせています。

実施内容
Mobilithekは、ドイツにおける交通・モビリティデータへの公式なアクセスポイントとして運用されているプラットフォームです。道路交通、公共交通、駐車場、工事・規制情報など、これまで分散して管理されてきた多様なデータについて、「どのようなデータが、どこにあるのか」を一か所で把握できる仕組みを提供しています。
このプラットフォームは、データを集約・管理することを目的としたものではありません。Mobilithek自身がデータの中身を保有したり、品質を保証したりするのではなく、データの主権や品質に関する責任は、あくまで各データ提供者に残すという考え方が採られています。
運営面では、ドイツ連邦政府のもと、連邦道路研究所(BASt)が中心となって全体を統括し、システムの開発や運用には民間事業者が関与しています。BASTのHolger Drees氏によると、Mobilithek運用のためBASTからは4人の技術者が担当しており、年間100万€未満の規模のコストで運用しているとのことです。
公共的なデータ基盤でありながら、比較的コンパクトな体制で運用されている点は、この仕組みの大きな特徴といえます。

機能面では、データの検索・発見を可能にするメタデータディレクトリを中核に、静的データのダウンロードや、動的データのAPI連携が可能となっています。オープンデータとして誰でも利用できるものから、条件付きで提供されるデータまで、データ提供者が利用条件を設定できる仕組みが用意されており、公共・民間を問わず、多様なデータが流通する土台となっています。
Mobilithekは現在、実運用の中で多くのデータ提供者や利用者に使われるプラットフォームとして定着しつつあり、ドイツのモビリティ分野におけるデータ流通を支える基盤の一つとして機能しています。BAStの Holger Drees氏からは、デュッセルドルフ、フライブルク、ケルン、カッセルといった都市では、道路交通や都市内交通に関するデータをMobilithekを通じて公開し、行政内部での交通管理に加え、研究機関やサービスプロバイダによる利活用にもつなげることで、都市や地域における交通政策の立案・評価にも活用されているとのことです。
MDS(モビリティデータスペース)の一部のデータをMobilithekで見ることが出来る様になっていますが、商業的にセンシティブなデータについては、データプロバイダがデータ主権を持ち、例えばある特定の目的のためだけに共有する、一定時間のみ利用できる、競合会社はデータを入手できない等の仕様が定められています。
MDMとMobilithekの比較
| MDM | Mobilithek | |
|---|---|---|
| コンセプト | •モビリティ関連データのための独立したマーケット •商業的なデータ交換のための安全で自己決定可能な環境の提供 | •リアルタイムデータ、マルチモビリティデータの提供に資する安全性、処理能力を有する新たなシステムの構築 |
| 機能 | •カタログ(検索)機能 •データ購入機能 | •現状はカタログ機能中心で、メタデータのみを利用者に無料で提供 |
| 提供データ | •気象やインフラ、安全、環境等に関する商業利用可能なデータ | •連邦州、自治体、運輸連合等のモビリティのオープンデータ •一部のMDMデータを公開 |
| 特徴 | •データプロバイダが、データの使用範囲、目的等の条件を決定できる主権(Data sovereignty)を保有 | •欧州の委任規則に準じて、将来的にはデータ提供を義務付け |

ポイント
ドイツで国主導のモビリティデータポータルが実現しているポイントは、モビリティデータが分散している問題に早い段階(15年以上前)から着眼し、全国のモビリティ・サービスのデータ統合を国の研究機関が先導して実現し、現在も国のデータ戦略とも連動し、運用・アップデートを図っている点にあります。
- 【データの集約を第一義とせず、参加のハードルを下げる】
- Mobilithekは、データを一元的に集約・検証するプラットフォームではありません。あくまで公式なアクセスポイントとして、データ提供者と利用者をつなぐ役割を持つプラットフォームとして設計されています。この設計により、民間事業者にとっても、自らのデータ主権やビジネス上の判断を維持したまま参加しやすい環境が整えられています。
- 【公共インフラとしての中立性が、信頼を生んでいる】
- Mobilithekは、商業的なデータ流通を直接担う場ではなく、公共的なデータインフラとして位置付けられています。特定の事業者に有利・不利が生じない中立的な立ち位置を保つことで、行政、研究機関、民間企業など、多様な主体が安心して利用できる基盤となっています。
- BAStのDrees氏の見解によると、欧州技術委員会は全てのデータがNAPでオープンに提供されることが望ましいと考えているだろうが、EU加盟国の間でも体制は異なり、責任が分散されているドイツの場合は、システムの信頼性・公平性・透明性を高めてデータ交換を促進していくことが重要と考えており、法的拘束力を高める等は次のオプションになると、考えています。
- 【制度対応と実務を段階的につなげる】
- Mobilithekは、EUのITS指令に対応するために一から構築されたものではなく、MDMやmCLOUDといった既存の取り組みを土台に、実運用を重ねながら発展してきました。構想先行ではなく、使われる仕組みを積み重ねながら制度要請に応えていくプロセスは、日本でデータ基盤を整備する際にも参考になります。
【資料・参考情報】
①The National Access Point for Mobility Data -Goals, features, further development(2024.11,BASt)
②日本は世界の“2周遅れ”? モビリティ分野における「官民データ連携」の本質とは(牧村和彦、メルクマール、2022年3月)
