POLIS Networkは、欧州の都市や地域を結ぶネットワークのハブであり、持続可能なモビリティとイノベーションをテーマに、都市交通政策の共有や連携を進める欧州のリーダー的な組織です。
2025 Annual POLIS Conferenceは、オランダ・ユトレヒトの劇場兼会議場で開催されました。会場には、約1,500人を超えるモビリティリーダー、政策立案者、研究者、イノベーターが集まりました。発表は150編以上にのぼり、劇場での華やかな全体セッションとテーマ別のパラレルセッションを通じて、欧州における都市交通の最前線が共有されました。
POLISの特徴は、政策立案者と実務者が、最新の政策課題や解決技術を共有し、互いに高め合う点にあります。自治体関係者が中心となるため、議論は研究や技術紹介にとどまらず、都市でどう実装するか、市民サービスにどうつなげるかという現場感のある内容が多く見られました。
今回のオープニングセッションでは、「Healthy if Happy: Mobility as a Mood」が掲げられました。自転車政策やアクティブトラベルを重視する開催都市ユトレヒトらしく、移動を単なる交通機能ではなく、人々の健康や幸福感に影響を与えるものと捉え、2人の女性副市長が登壇し、健康的で誰もがアクセスしやすい移動を都市がどう実現していくかを発表しました。健康、持続可能性、公衆衛生、移動貧困など、社会課題の解決に直結する観点から議論が行われました。
本記事では、こうしたPOLISの熱量を踏まえ、注目すべき4つの発表と、日本から登壇した筑波大学・石田東生名誉教授によるSIPの取組発表を紹介します。


SIPの取組を世界へ発信― 石田東生名誉教授
パラレルセッションでは、筑波大学・石田東生名誉教授が、SIPにおけるモビリティサービスのリ・デザインに関する取組を発表しました。欧州の都市・地域政府関係者が中心となるPOLISにおいて、日本からの発表は貴重であり、東アジアからの発信としても存在感のある登壇となりました。
発表では、日本の地方都市や中山間地域で深刻化するモビリティ・ディバイドを背景に、高齢者の外出機会の創出や地域コミュニティの維持に向けた取組が紹介されました。具体的には、愛知県西尾市における低廉なタクシーサービスの高度化や、高知県仁淀川町における住民主体の共助型モビリティサービスなど、日本各地で進められている地域交通の実践事例が共有されました。
会場からは多くの質問が寄せられ、特に仁淀川町の事例については、今回のPOLISで議論された「健康」との関連から、高齢者の健康維持や社会参加への効果、医療・福祉分野との連携に関心が集まりました。また、西尾市の事例については、高齢者によるスマートフォン利用や、採算性の低い地域交通をどのように支えるかといった、実装面での具体的な質問も寄せられました。
日本の地域交通を単なる移動手段ではなく、高齢者の健康維持や社会参加、地域コミュニティを支える社会基盤として提示した点が特徴です。POLIS全体のテーマである「健康」や「幸福」とも重なり、日本の取組に対する関心の高さがうかがえました。


(資料①)
実施内容
制度がシェアモビリティの普及を妨げる― JUSTNEXUS
- JUSTNEXUS は、ユトレヒト大学を中心に、住宅・移動・エネルギーの関係に着目し、シェアモビリティが普及しない構造的要因を分析する研究プロジェクトです。
- 農村部、既存市街地、新市街地といった異なる空間条件を対象に分析を行い、シェアモビリティに対する利用ニーズ自体は高い一方で、それを日常的に選択できる環境が制度的につくられていない状況が示されました。住宅法や附置義務駐車、エネルギー供給の仕組みが自動車の個人所有を前提としており、シェアモビリティが代替手段として入り込みにくい構造にあります。
- JUSTNEXUS は、普及しない理由を需要やサービスの問題に還元するのではなく、制度がどのような移動行動を前提として設計されているのかを問い直す必要性を提示しました。
ポイント
制度が前提としている移動行動を問い直す
- シェアモビリティが普及しない理由を需要やサービスの問題に還元せず、制度が前提としている移動行動そのものを問い直した点が特徴です。
- 住宅やエネルギー制度が自動車の個人所有を標準としていることが、普及の構造的な障壁となっている可能性が示されました。

実施内容
事業者が“データを出したくなる”ガバナンスの構築― Nivel社
- シェアモビリティや物流サービスの拡大により、路上やサイクルポート周辺では、駐輪・駐車の取り合いが発生し、混沌とした状況が生じています。
- 自治体として是正を図りたいものの、必要なデータは事業者が保有しており、提出を求めるだけでは協力が得られないという課題があります。
- この課題に対し、Nivel社は公共空間の利用をジオフェンスによって制御すること、Geo-fenced Street Managementを導入しました。路上やカーブサイド、ポートは原則として駐輪・駐車が制限され、車両位置や駐停車状況などのデータを共有し、デジタル上のルールに従う事業者のみが利用できる仕組みが導入されています。
- また、データを共有する事業者に対しては、中心市街地のポートへのアクセス権の付与や、駐車料金の軽減といったインセンティブが与えられます。データは義務ではなく、公共空間を利用するための対価として位置づけられています。
ポイント
データを「対価」として扱うインセンティブ設計
- データ提供を行政からの要請ではなく、公共空間を利用するための条件として位置づけた点に特徴があります。ジオフェンスによる制限とインセンティブを組み合わせ、事業者が自発的にルールへ参加する仕組みを構築しています。

(資料③)

実施内容
データを活用したSuper Mobility Hubの設置 ― ロッテルダム市
- ロッテルダム中心部では、シェアモビリティの普及に対してサイクルポートが不足し、駅周辺や中心部で容量を超えた駐輪が発生、歩行動線やハブ機能の確保が課題となっていました。
- ロッテルダム市は、利用実態や周辺環境のデータ分析を踏まえ、容量不足が最も深刻な中心市街地に Super Mobility Hub(Weena-hub) を設置しました。142台分の大規模な専用スペースを確保し、シェアモビリティの明確な拠点へと集約・誘導しています。
- その結果、99.8%の車両が適切に駐輪されるようになり、キャパシティ超過による駐輪のあふれは大きく改善しました。適切な受け皿を都市の中核に用意することで、中心部の公共空間の質が回復しています。
ポイント
データを空間設計に活用する
- データを駐輪の規制ではなく、どこに、どれだけの空間投資を行うべきかの判断材料として活用した点が特徴です。
- このアプローチにより、事業者にとってもデータ提供に不利益が生じにくく、結果として中心部に大規模なポートを設置できました。
- これにより、サービス価値を高めつつ利用者の行動変容を促しています。



実施内容
住民協同型カーシェアによる道路空間の再配分 ― ハーグ市
- ハーグ市では、自家用車による路上駐車が多く、道路空間が自動車に占有されていることが課題となっていました。市はこうした状況を受け、自家用車中心の道路空間を人間中心へ再配分することを政策目的として掲げていました。
- そうした中、2019年に住民が主体となって協同組合を組織し、車両を共同所有・運営する住民協同型カーシェアが立ち上がりました。ハーグ市はこの取組を道路空間再編の手段として位置づけ、立ち上げ補助や担当職員の配置、地域内の推進役の育成、専用駐車枠や充電設備の整備などを通じて実装を支援しています。現在、市内では54台が運用され、カーシェア1台あたり4〜8台の自家用車削減につながっています。
- その結果、路上を占めていた駐車スペースが緑化や交流空間、駐輪場等へと転換され、自家用車中心から人間中心への道路空間の再編が進んでいます。
ポイント
自家用車の削減を空間に変換する
- 道路空間を自家用車中心から人間中心へ再配分するために、住民発の取組を行政が支援している点が特徴です。カーシェアへの転換を後押しすることで駐車を削減し、緑化や交流空間などへの転換を進めています。
- こうしたハーグ市の政策は評価され、国内のシェアモビリティに関する賞「Deelaward(Dutch Shared Mobility Award)」 を受賞しています。


【資料・参考情報】
①『What’s on the (Mobility) Menu?』Vol. VII, POLIS Network
石田東生・中村文彦(2025)「Ageing gracefully, moving freely: Japan’s quest for senior mobility」
②A justice-centred nexus approach to rethinking mobility, housing, and energy transitions — Fronika de Wit, Utrecht University(2025.11 City of Rotterdam/POLIS Annual Conference 2025)
③Geo-fenced Street Management : Incentive-based Data Governance(2025.11 Nivel/POLIS Annual Conference 2025)をもとに加工
④“Can you park that there?”Solving urban clutter with data and design(2025.11 City of Rotterdam/POLIS Annual Conference 2025)
⑤How The Hague empowers communities through cooperative shared mobility(2025.11 City of The Hague/POLIS Annual Conference 2025)
