背景
欧州では、2000年代初頭以降、国境を越えた人やモノの移動を前提とする「単一輸送圏」の実現に向けて、EU全域で切れ目のない移動・交通サービスを提供するためには、インフラ整備に加え、交通データへのアクセスや再利用を可能にする共通の仕組みが不可欠との認識から、交通・モビリティ分野におけるデータの在り方が重要な政策課題として議論されてきました。
あわせて欧州では、デジタル分野において米国や中国のプラットフォーム企業への依存が進む中で、データを基盤とする新たな産業競争力をいかに域内に確保するかという問題意識も共有され、モビリティ分野は、公共性が高く、行政が関与しやすい領域であることから、政府が先導してデータ流通のルールや基盤を整備する戦略的分野として位置付けられてきました。
こうした問題意識のもと、2010年代に入り、EUは高度道路交通システム(ITS:Intelligent Transport Systems)の展開を支える法的枠組みとしてITS指令を整備し、加盟国に対して交通・モビリティ関連データへの公式な入口となるナショナルアクセスポイント(NAP)の設置を義務付けてきました。
実施内容
欧州技術委員会は、Iモビリティに関するデータを収集・活用するための「規則」としてITS指令を発行し、高度技術に対してナショナルアクセスポイント(以下NAP)の要件を公表して、義務化しており、加盟国間での交通データの相互運用や、国境を越えた移動の支援が可能となっています。
ITS指令に基づくNAPの整備は、単なるオープンデータ施策ではなく、デジタル時代におけるモビリティ分野の共通基盤を、官民が連携して構築していく取り組みとして位置付けられ、行政が基盤となるルールや入口を整え、その上で民間事業者がデータを提供・活用するという役割分担を明確にする点に特徴があります。
NAPは、交通データへの「入口」を明確にすることを目的としており、データを一元的に集約・管理する仕組みではありません。各国は、自国の行政体制や既存システムを前提に、公共交通、道路交通、駐車場情報など、対象となるデータをNAPを通じて公開・共有する体制を構築しています。その対象は公共交通に限定されるものではなく、道路交通、自動車、物流、駐車場、リアルタイム交通情報など、移動に関わるあらゆる手段を包含する形で設計されています。
この結果、EU各国で交通・モビリティデータにアクセスするための共通の枠組みが整備されました。ITS指令では、NAPを公共的なデジタルインフラの一部として位置付けており、加盟国は原則として、利用者が無料でNAPにアクセスできる環境を提供することが求められています。これにより、サービスプロバイダや研究機関、行政などが、国境を越えて交通データを活用するための基盤が制度面で整えられていきました。
EU委任規則が定めるNAPの要件
| 委任規則 | NAPの要件 |
|---|---|
| 2017/1926/EU: マルチモーダル交通情報サービス | •各国が少なくとも1つのNAPを設置を義務化 •マルチモーダルな旅行情報を標準化されたフォーマットで提供情報(APIまたはダウンロード可能な形式)し、メタデータもNAP上に掲載 |
| 2015/962/EU: リアルタイム交通情報サービス | •道路交通に関するリアルタイム情報(事故、工事、気象、混雑状況など)をNAPに掲載 •公的・私的事業者は、関連情報をNAPを通じて共有 |
| 2017/1926/EU: 完全実装期限 | •各加盟国は、2023年12月までにNAPを実装している必要があり •実装は段階的で、まず静的データから始まり、次第にリアルタイムデータに移行すること委任規則 |
ポイント
- データ連携を「努力目標」ではなく、法制度で位置付け
- EUでは、交通・モビリティデータの共有を各国や事業者の自主性に委ねるのではなく、ITS指令によりNAPの設置を義務化しました。データ連携を公共政策の一部として明確に位置付けたことが、その後の実装を進める前提条件となっています。
- データを集約するのではなく、入口を揃える設計
- NAPは、すべてのデータを一か所に集めるプラットフォームではなく、交通データへの公式なアクセスポイントを明確にする仕組みです。各国の既存システムや分散したデータ構造を前提としつつ、最低限の共通ルールを定めるという現実的な制度設計がなされています。
- 公共インフラとしての位置付け
- NAPは公共的なデジタルインフラと位置付けられ、原則として無料で利用できる環境が整えられています。これにより、行政や研究機関だけでなく、民間のサービスプロバイダも含めた多様な主体が、国境を越えてデータを活用しやすい土台が形成されました。
- 段階的な制度設計の積み上げ
- ITS指令はNAPの設置と基本要件を定める一方で、運用方法や実装の詳細は各国に委ねています。その結果、相互運用性や運用のばらつきといった課題が顕在化しましたが、これは後にNAPCOREのような調整組織が必要とされた背景でもあります。
- 一方で現在では、EU加盟国におけるNAPの整備は概ね一巡し、制度対応の段階から、実際にデータが活用・流通するフェーズへと移行しつつあります。各国は、自国のNAPを通じてデータ提供や利活用を進めながら、相互運用性の向上や越境利用の実践に取り組んでおり、制度は「作るもの」から「使いこなすもの」へと段階を進めており、段階的に制度を積み上げていくEUの進め方は、日本にとっても重要な示唆を与えてくれます。

【資料・参考情報】
①Creation of a common European mobility data space (EMDS)(2024.11, European Commission)
②NAPCORE Initiatives(2025.11,David SchoenmaekersMinistry of Mobility and Transport, Belgium)
③政府主導のリ・デザインデータ基盤、フランス政府(モビリティ知恵袋)
