背景
世界有数の経営コンサルティングファームであるアーサー・ディ・リトル(ADL)が、欧州の自治体ネットワークPOLISと共同で行ったモビリティ担当者向け調査では、交通分野のリーダーたちが、公共交通ネットワークやインフラ整備に次いで「新たな資金調達」に強い関心を持っていることが分かりました。一方で、その準備が最も整っていないのもこのテーマであり、関心と備えの差(ギャップ)が最も大きい論点となっています。
公共交通は運賃収入だけでは賄いきれないのが各国共通の実情です。財源の確保は、サービスを維持・拡充していくうえで避けて通れない課題となっています。

実施内容
ADLのArsène Ruhlmann氏とMickael Tauvel氏によると、行政・自治体が資金調達を強化していくうえでは、モーダルシフトの促進、グリーンエネルギーへの転換、気候危機への適応、交通システムそのものの改善といった複数の切り口が考えられます。
象徴的なのがイル・ド・フランス(パリ大都市圏)のケースです。企業が負担する仕組みなどを通じて、2004年から2019年にかけて公共交通の分担率を38%から41%へ高めつつ、予算規模を25%拡大することに成功しています。利用も財源も同時に伸ばした事例です。

世界の様々な都市では、モビリティ部門の取り組みによって財政を改善する施策オプションが導入され、都市経営の安定に貢献しています。
たとえば、受益者から財源を得る代表例がフランスの「モビリティ負担金(versement mobilité)」です。これは公共交通の対象地域に立地し、一定規模(従業員11人超)以上の事業所が、給与総額を課税ベースとして負担する仕組みで、IDFMなどAOM(交通を担う組織)の基幹財源となっています。企業は公共交通が生み出す広域の労働市場の受益者である、という考え方が根拠にあります。混雑課金・道路課金を活用する都市もあり、ニューヨーク市では有料道路の収入が公共交通予算の2割以上を占め、ロンドンの渋滞課金は自動車交通量の削減に寄与しつつ、交通当局TfLの予算の最大1割をもたらしています。
収益源を多様化する例としては、香港の地下鉄MTRが、駅の上部や周辺の不動産・店舗からの収入で運営費の一部を賄う「Rail+Property」型のモデルで知られています。このほか、スイスのヴォー州など一部の州では宿泊税を課し、ホテルが宿泊客に公共交通で使えるクーポンを提供する例があるほか、フランスでは一部の交通事業者(RATP、Transdev)などが省エネ・脱炭素の取り組みに応じた証書(カーボンクレジット類似の仕組み)を販売できる制度もあります。
| 公的資金による健全なビジネスの提供 | 運輸施設整備促進税制 (パリ) | •都市公共交通周辺地域」(メトロポリス)に所在する企業は、給与額の0.55%から最高3.2%(パリ地方)のPT基金税を支払う |
| 受益者からの資金調達 | 大都市における料金徴収 (ニューヨーク) | •ニューヨーク市では、公共交通機関への予算支出の20%以上を有料道路が占めている •ロンドン渋滞課金は自動車交通量の削減に役立ち、TfLの予算の最大10%をもたらす |
| 収益の多様化 | 地下鉄駅周辺および駅上の不動産または店舗(香港) | •香港の地下鉄MTRは、CFF(鉄道駅周辺)のように、地下鉄の上や周辺の建物の不動産収入で部分的に賄われている |
| スマートな経営による収益向上 | 外部観光客への課税 (スイス) | •ヴォー州など、スイスのいくつかの州では観光税が義務付け •ホテルは、宿泊客に公共交通機関で使用できるクーポン券を提供している |
| 民間資金の活用 | 炭素クレジット / 省エネ 証明書(フランス) | •一部のフランス企業(RATP、Transdev)、非営利団体は、カーボン・セーブ証書の販売を許可されている •クレジット類似市場(EV移行とエコドライブ |
ポイント
- この事例の核心は、個々の交通サービスを個別に最適化するのではなく、都市経営という大きな視点から、道路と公共交通などのバランスを取りながら、地域全体の収入を増やし支出を抑えていくという発想にあります。財源確保を「交通部門だけの問題」とせず、都市の経営課題として捉え直す視点です。
- 財源策には唯一の正解があるわけではなく、各都市が制度・ルール・慣習やビジネスモデルの違いを踏まえて、創意工夫を重ねています。受益者負担、課金、不動産連携、観光課税、民間資金の活用といった選択肢を、地域の実情に応じて組み合わせていくことが現実的な道筋となります。
- フランスのモビリティ負担金のように、計画の実効性を支える独自財源を制度として持つことは、運賃収入に左右されにくい安定した交通経営の土台になります。人口減少で運賃収入の先細りが見込まれる地域にとって、「誰が、どの受益に応じて負担するか」を設計する財源の発想は、地域交通の持続性を考えるうえで重要な手がかりとなります。
【資料・参考情報】
①THE MOBILITY LEADER SSURVEY, 2024
②RETHINKING THE MOBILITYFUNDING EQUATION(Annual Polis Conference2024)
