背景
イル・ド・フランス都市圏は、人口約1,227万人(2023年)を擁するフランス最大の都市圏です。新型コロナウイルス禍を経た後も、1日あたり約3,890万トリップ(2022年)の移動が発生しており、移動手段の約45%を徒歩が占めるほか、自動車による移動が約1,160万トリップ、公共交通による移動が約750万トリップと、大規模な移動が日常的に生じています。
2024年夏には、オリンピック(7月26日〜8月11日)とパラリンピック(8月28日〜9月8日)の計29日間にわたり、競技会場が都市圏内の25か所(パリ市内13か所、郊外12か所)に設置され、チケットは約1,000万枚が販売されました。
日常の移動に加えて、選手や大会関係者、観客、観光客を円滑に輸送する必要があったことから、イル・ド・フランス都市圏の交通を統括するイル・ド・フランス・モビリティ(Île-de-France Mobilités、以下IDFM)は、交通サービスのデジタル化を進める戦略を定めました。なお、フランスでは公共交通を計画・運営するのは地方公共団体であり、IDFMがその役割を担っています。


実施内容
約500人の職員と31名の理事会で構成されるIDFMは、大会期間中の交通戦略として、多言語対応の専用MaaSアプリ「Transport Public Paris 2024」を提供しました。信頼性の高い旅行情報の提供、旅程の安全性の確保、旅客の流れに応じた最適なルート案内により、交通を適切に管理することを目指したものです。
利用者はアプリを通じて、出発前のルート計画から当日のリアルタイムな経路確認まで行えます。混雑を避けたルートの提案、最寄りの公共交通駅の案内、到着駅の構内から競技会場までの案内など、ドアからドアまでの詳細な旅程情報をリアルタイムで得ることができます。経路検索では大会向けの推奨ルートがピンク色で表示され、利用者を空いている経路へ誘導することで、混雑の平準化が図られています。
乗車券の購入や決済も完全にペーパーレスで行うことができ、大会期間中は1日乗り放題の「Passe Paris 2024」をアプリ上で直接購入できました。専用アプリは大会期間中に約120万回ダウンロードされ、オリンピック期間中は約93万ユーザー(平均で1時間あたり約2万人)、パラリンピック期間中は約21万ユーザー(平均で1時間あたり約5,000人)に利用されました。
その結果、ほぼすべての観客が公共交通(30%以上)や徒歩・自転車などのアクティブモードで会場に到着しています。

ポイント
- この取り組みの特徴は、IDFM(州)が情報の基盤を構築し、徒歩や自転車を含む多様な交通モードの情報を、個々の民間事業者がばらばらに出すのではなく、官民が連携して同一の精度・品質で提供するMaaSを展開した点にあります。
- 基盤となったのは、IDFMが整備・運用する地域モビリティ情報基盤PRIM(Plateforme Régionale d'Information pour la Mobilité)です。
- 大会向けには、競技に関するデータをマルチモーダルなデジタルサービスで利用可能にする共有基盤を構築し、会場周辺のPOI(地点情報)、パークアンドライド施設、駐輪場といった臨時データも整備しました。IDFMはこのデータを自前のアプリで抱え込まず、他の経路検索アプリや自治体、交通事業者など多様なパートナーに提供・連携しました。
- これにより「旅客情報の提供」と「人の流れの管理」という目的を官民で共有し、大会期間中の例外的な負荷(通常を1億9,000万回以上上回ったAPIの呼び出し)にも耐えながら、すべての情報をリアルタイムに管理することが可能となりました。
- モビリティ・データを事業者が囲い込む資源ではなく、公共交通政策を進めるための共有財として扱う考え方が、官民の垣根を越えた連携を支えています。大会のために整備された旅客情報システムはTRAdivIAとして引き継がれ、毎年約5,000万人の観光客を迎えるパリ都市圏の日常を支えるレガシーとして活用されています。


【資料・参考情報】
①Mobility in Île-de-France during the Olympic and Paralympic Games: Passenger Information(Aurélien Belhocine,Annual Polis Conference2024)
②牧村和彦「パリ五輪目前の交通大改革 クルマの交通量45%減、何を変えたのか」(世界の「MaaS」新潮流を読み解く 第23回、日経クロストレンド、2023年11月29日)
