東京大学大学院 新領域創成科学研究科 特任教授 中村 文彦
自転車・バイク・自動車駐車場 パーキングプレス 2024 11月号
モビリティをデザインするアプローチ 第75回より
1.はじめに
筆者は、2024年10月にベルギー王国の都市交通ヒアリングおよび視察の業務に参加する機会を得て、ブリュッセル、ヘント(書籍によってはゲントと表記する)、リエージュを訪問しヒアリングを実施した。その成果全体については、別途、公表の機会を得て紹介する。三都市の視察の中で印象的だったのが、いまや当たり前ではあるが、都市中心部の歩行者空間の加速度的な増強であった。【写真1】から【写真4】にブリュッセルおよびヘントの都市中心部の歩行者空間の様子を紹介する。
我が国でも、この数年ウォーカブルなまちづくりという表現がきわめてよく用いられるようになっている。因みにウォーカブル(walkable)という単語は、その成り立ちを考えると、「楽しく歩ける」というよりは「歩くことができる」だろうと思われる。「歩くことができる」の反対語が「歩くことができない」だとして、どういう場合に「歩くことができない」のか、想像してみると、物理的に空間がない、舗装されていない、という構造的な要素と、安全が保証されず安心感を持って歩けない、という交通安全的な要素があるように思われる。これを逆説的に考えれば、ウォーカブルという場合に、安全なスペースが十分にあることが最優先であろう。仮に、「楽しく」を加えるとなると、スペースがある上で、その空間に沿った敷地や建物を含めた空間が魅力的で「楽しい」ということになる。そうだとしても、まず十分な空間を確保することが重要と、筆者は考える。
都市、とりわけ中心地区の中で、既に建物等で空間に余裕がないとすれば、歩けるために安全な空間を十分に確保するためには、道路空間の中で、これまで自動車のために用いていた空間を減らす以外に方法はない。これは自明なことだし、ドイツやフランスをはじめ欧州各国の大きな都市から小さな都市まで、かなり以前から実践例は多いし、紹介記事も多く、新しい話題ではないともいえる。しかしながら、ベルギーでは必ずしもそうではなく、ブリュッセルに限って言えば、2015年頃からようやく本格的に歩行者空間増強に着手し、きわめて短期間で広範囲の歩行者空間化を実現している。そこでの苦労、工夫をヒントに、以下では、中心地区での歩行者空間確保の上でのポイントとして、荷捌き車両への対応、自転車への対応、公共交通への対応の諸点について、改めて考察してみた。


2.荷捌きへの対応:積極的荷捌き
今回の視察では、意図的に、平日の午前11時以前の様子を観察した。【写真5】~【写真7】にあるように、きわめて大胆に、搬入のトラックおよびゴミ等回収のトラックが、歩行者空間内に進入している。この時間帯に限定して言うならば、ウォーカブルな空間とは若干異なっている。一方で、これだけの搬入および搬出をしているから、午前11時以降夜間までの商業活動が活発に実施でき、それが、歩行者空間まわりの店舗の魅力増進につながっているともいえる。


3.自転車への対応:質の高い駐輪施設
ベルギーを理解する際に、フランスとオランダに挟まれた国家という見方があるようで、実際に、ブリュッセルではフランス語とオランダ語が併用されている。オランダの影響を受けている面もあると思われるが、ブリュッセルもヘントも自転車がきわめて多く利用されている。シェアリングサービスが始まる以前から個人所有の自転車が多く、鉄道端末交通手段としての自転車利用も多い。ヘントのようにブリュッセルまでの鉄道通勤圏になると、結果的に駅前の自転車駐輪場は大規模でありさらに満杯である。日本と異なるのは、駅前にせよ中心部歩行者空間にせよ放置自転車禁止区域のような区域指定はないものの、歩行者動線や緊急車両動線を妨げると思われるような位置には、一切自転車駐輪がない。ブリュッセルの中心地区で特徴的だったのが、地下鉄駅に併設するかたちで大規模な自転車駐輪場が用意されていた点である。こどもを乗せることのできるタイプの自転車および荷物を運ぶことができるカーゴバイクのような自転車については、それぞれ、入口が施錠管理されている駐輪スペースがある。またそこに隣接して、自転車の点検や修理を行うサービスショップもある。自転車での中心地へのアクセスを十分に尊重しつつ、中心地内での自転車利用は、自動車利用と同じように制限してバランスをとっている。(【写真8~11】)

(入口)

(カーゴバイク等用)

(こども乗車用自転車等用)

(サービスショップ)
4.公共交通への対応:運輸事業者にも恩恵
トラム(路面電車)やバスの扱いは容易ではない。多くの教科書ではトランジットモール(歩行者と公共交通だけの通行空間・モール)の活用を指摘しているが、現地で観察していると、さまざまな交通規制を組み合わせて導入している。それらのいくつかは、沿道の魅力や歩行者の扱いを見る限り、トランジットモールと呼ぶには至らない。地区のあちらこちらに歩行者専用の魅力的な空間があるので、地区全体としての評価を下げるものではない。中心地の歩行者専用化と公共交通の折り合いのつけ方について、ステレオタイプのようにトランジットモールを提唱する必要はないかもしれない。
一方で、中心地の自動車交通を制限することで、中心地内でバス専用あるいはバス優先となっている走行空間が増え、バスの運行の円滑さは改善しているようである。ベルギーでは、フランスの諸都市等とは異なり、バスやトラムの運営は、市の行政から独立した広域的な事業体で行われている。そのため、市の都市交通政策との調整は、必ずしも容易なものではないことがヒアリングを通してわかっている。そのやりとりの中で、中心地区の自動車締め出しは、バスやトラムの運行の定時性向上、速度向上、それに伴うコスト削減を達成できており、公共交通事業者からは「感謝」されているとのことであった。中心地区の道路運用を歩行者中心に再編して、歩ける空間を増やしていく中で、きめ細かく対応していくことにより公共交通も使いやすくなり、かつ運輸事業者側にもメリットがあるという整理は、とても優れているといえる。(【写真12・13】)


5.まとめ
以上述べたように、中心地の歩行者空間増強は、いろいろな工夫の積み重ねで実現されている。締め出された自動車交通をどこに迂回させるかに焦点が行きがちだが、地区の商業的魅力を保持するための荷捌き、アクセスとして重要となる自転車やバス・トラムの扱いといった点を十分に考慮する必要があるし、そこまで深く考えたからこそ、比較的短期間でも歩行者空間の増強が実現できたといえる。筆者が関わっている、東京都豊島区の池袋駅東口地区や、東京都中央区の銀座地区でも、これらの視点も組み入れて歩行者空間の増強の推進をお手伝いできれば、と思う次第である。
なお、今回のベルギー視察の機会をご支援いただいた、内閣府省庁連携戦略的イノベーションプログラム「スマートモビリティプラットフォームの構築」課題の担当機関である一般財団法人計量計画研究所の牧村和彦理事はじめ研究員の皆様に深く感謝いたします。
