東京大学大学院 新領域創成科学研究科 特任教授 中村 文彦
自転車・バイク・自動車駐車場 パーキングプレス 2026 1月号
モビリティをデザインするアプローチ 第82回より
1.はじめに
前回(2025年11月号)に引き続き、最近の講演内容の共通項をまとめて文書化した。今回が後半になる。前回の原稿をお読みいただいた上で、今回の原稿を読んでいただければ幸いである。前回同様、行政職員の方々やコンサルタントの方々を対象に、都市のバス交通にかかる業務に取り組む際に参考となる資料となればと思い、まとめあげた。基本的には十年近く前の著書の焼き直しになる。後半の今回は、計画を立案し推進する上での心構えについてまとめた。
2.まず利用者視点で
<最初に利用者視点で>
第一に、計画した内容が、利用者視点で必要なスペックを満たしているか確認する。具体的には、当該地域で提供されている移動方法全体を俯瞰し、地域の移動ニーズの達成度合いを確認する。利用者視点での確認は、提供者視点での確認に先行させる。
<資源全ての現況診断>
その際に、学校や病院等、自動車教習所等の送迎バスがどのような運行をして、誰が使えるのかを含め、それらの資源の現状、活用可能性を十分に吟味すること、すなわちすべての資源の実態把握と現況診断から始める。地域公共交通計画策定にあたり、この作業は必須である。
<サービスが魅力的か?>
次に、サービスの中身が、期待している利用者にとって本当に魅力的かどうかを確認する。路線経由地や目的地、停留所の位置、運行時間帯や頻度、運賃について、利用者からみて許容できるものなのかどうかを吟味する。
<内容が地域に届いているか?>
その次に、期待している利用者、地域にサービス内容がきちんと伝わっているかを確認する。停留所掲示やバス車内路線図で大丈夫ではない。ウェブサイトへのアクセス数で満足してはいけない、本当に乗ってほしい人に情報が届いているかを確認する。アプリがあれば大丈夫でもない。利用してほしいひとがアプリをダウンロードするとは限らない。
例えば、自家用車利用からの転換を狙う場合、自家用車べったりの市民が、公共交通アプリをダウンロードすることはまずありえない。南米のベンチャー企業の例では、自家用車利用者に人気の中心市街地駐車場探索アプリに紐づけて、公共交通情報を自家用車利用者に届ける試みなどがある。国内の例ではそのような戦略はみられない。
<他施設や他業種とつなぐ>
さらに、期待している利用者が望むような施設連携や他業種連携ができているかを確認する。例えば、次回の通勤予約を病院の会計で行うと、その場で自動的に、オンデマンドバスの予約ができるような連携をめざしたい。
3.次に提供者視点で
<利用者視点確認後に必要費用算出>
必要なスペックの確定後に、実施に要する費用を算出する。算出費用に対して、運賃収入が原則で不足分は補助金という運輸事業ビジネスの発想からいったん離れてみる。
<政策効果享受分野からの投資負担重視>
地域公共交通計画は地域の未来のためのものであり、その効果は地域全体で長期的持続的に享受している。自治体からは、政策効果発現のための投資という視点で費用負担すべきである。例えばこどもたちの成長および教育効果に見合う金額が行政の教育予算から地域公共交通へ投資されるべきである。地域の人々の健康保持への貢献分は、健康福祉財源から地域公共交通へ投資されるべきである。同様の意味で、小学生から大学生までの運賃割引や学割定期割引分や高齢者や障害者の運賃割引分を事業者が負担することは不自然である。
<計画と運営を行政で、運行は民間で>
参考になるのは、1995年の東京都武蔵野市のコミュニティバス「ムーバス」のように、計画と運営の主体が自治体で、運行が民間事業者という契約関係、利用者数の多寡による運賃収入増減のリスクを事業者が負わないという関係の設定である。多くの拙著で触れているブラジル連邦クリチバ市がそのルーツである。この場合、バスへの苦情の受付先も事業者ではなく運営主体の行政になるべきである。
<地域で運行費用負担>
もうひとつの考え方は、沿線地域が支えるという発想である。例えば、大規模商業施設の中のエレベーターは無料で、その費用は、施設入居店舗等の管理費で負担される。同様に地区の各施設に顧客を運ぶバスサービスの費用を、地域内の各施設等で負担する一方で、利用者が直接支払う運賃を安価あるいは無料にする発想である。東京の丸の内や日本橋で運行している無料バスサービスがこれに該当する。
<キャッシュレス限定サービス活用>
運賃収入をすべてキャッシュレス化することが可能なことを踏まえ、運転士、運行事業者を介さず、直接、運賃収入を運営主体に届けることが可能になり、前項のような契約や運賃金額設定も技術的には容易になる。
<民間事業の競争場面の確認>
運営側の市役所が企画するサービスを事業者が実施する契約体制では、契約成立時に事業者は黒字になる。事業者は、サービス内容ではなく、安全な運行を安価に確実に実行できる能力で競争にさらされる。これはロンドンで1990年代から実施されている方法が原型である。
<協調が必要な理由>
地域公共交通での民間事業がなにを競争すべきか、再確認が必要である。自家用車利用を減らす、外出頻度を増やすという狙いでは、現状の需要総量を事業者側で取り合うのではなく、潜在的な需要を増やすべく、事業者側で一丸になることが先決である。事業ごとに、事業者ごとに案内や利用方法がバラバラな状況から脱却し、いわゆる利用者インターフェイスをそろえ、地域での外出をより増やす、自家用車からの利用転換を促すよう狙うべきである。バス事業者同士、バス事業者とタクシー事業者、シェアリングサービスとバス事業者等の関係は、基本的には協調関係でなければならない。
4.地域の一体感を高める
<民間の力と市民の力を尊重>
運輸事業での協調関係重視は、決してこれまでの民間事業者の尽力を否定するも
のではない。むしろ、民間事業者の力、市民の力を引き出し、知恵のある事業者、市民を応援するスタイルの実現が重要となる。
<多様な参画者を歓迎する場づくり>
多くの関係者が参画する場づくりが重要であり、特に地域の高校生の参画、まちづくりや教育、福祉、環境等の政策分野関係者の参画は必須といえる。
<人口減少前提で関係人口強化へ>
人口減少は大前提だが、地域の活動を持続させるために、二地域居住や農山村等留学、移住等の方法で関係人口を確保し、移動需要創出確保につなげたい。また、この関係人口で地域の労働者確保を担える流れの中で、例えば、自家用有償運送の担い手問題でも、関係人口活用を視野に入れることが望ましい。
<事業者支援でなく地域支援>
もうひとつ留意すべきこととして、行政からの投資は、地域経営の発想であって、事業支援ではない点、現在と未来の市民の利用を支援する点、鉄道の支援ではなく、地域の支援であり地域への投資である点、あわせて、鉄道が上位でバスが下位という発想にこだわらない点を挙げておく。
<法定会議の最大限活用>
これらの推進のために、法定の地域公共交通会議(協議会)を最大限活用することが最も重要になる。本来的には、形式的にならず、いろいろなことをみんなで議論できる場であり、必要に応じて、複数自治体で一緒に、場合によっては都道府県境を超えて一体で議論できることが望ましい。
5.プランナー的視点
<目の前の問題をまず解決する>
具体的には、地域の公共交通の問題を解像度高く可視化し、歩行者や自転車および新たなシェアリングサービスの問題、自動運転等の新技術の社会実装の問題、MaaSを含むデータ基盤整備とデータ連携の問題、そして根本的な論点としての交通安全の問題を整理しておくことが先決である。
<プランナー技量を磨く>
その上で、先々を見据えて、プランナー技量を磨く際には、過去から学ぶことがたくさんあることを謙虚に理解すること、異分野からの学びを怠らないこと、見方や引き出しを増やして連携へつなげること、特に前回も述べたVisioningとValidationの視点を磨くこと、そして多主体参画の場面でのFacilitation技術を磨きあげること、社会実験および実証実験がより有意義になるよう支援すること等を指摘しておく。
6.追記:車両デザインを軽視しない
スペインのイリザル(Irizar)社のイエ・トラムという商品名のバスの写真を添えておく。①乗りたくなる、②乗ったらすぐには降りたくない、そして、③わざわざ説明しなくても凄さを理解できる。そういう魅力への投資を惜しんではいけないし、選ばれる車両が世の中には実在していることを忘れてはならない。


