東京大学大学院 新領域創成科学研究科 特任教授 中村 文彦
自転車・バイク・自動車駐車場 パーキングプレス 2025 11月号
モビリティをデザインするアプローチ 第81回より
1.はじめに
過日、とある講演のあとに、聴講していただいた方から、講演内容が文書化されているものはないのかと問われ、最近の講演内容を文書化していないことに気づいた。今回と次回の投稿で、最近の講演内容の共通項をまとめて文書化した。行政職員の方々やコンサルタントの方々を対象に、都市のバス交通にかかる業務に取り組む際に参考となる資料となれば、幸いである。基本的には十年近く前の著書の焼き直しになる。今回は、前提となる知識の整理についてまとめた。
2.用語の確認
最初に理解すべきは、公共交通と運輸事業は別用語という点である。公共交通は、ある程度の費用負担のもとで誰もが利用可能なサービス全体を示す。シェアサイクルは公共交通であり、一方で貸切バス事業は公共交通ではない。運輸事業は法律で定義される事業の種類であり、貸切バスは運輸事業だが、シェアサイクルは運輸事業ではない。バス交通を考える際、都市全体の計画、その中で徒歩、自転車、自家用車を含めた全ての日常的交通手段を含めた交通計画、その枠組みの中での公共交通計画、その中でのバス交通という階層構造を共有することが前提になる。
都市交通の中でよく登場するいくつかの用語について、以下で指摘しておく。
LRTはLight Rail Transitの 略でHeavy Rail Transitの対語になる。Transitは元来米語で、路線の決まっている乗合サービスのシステムを指す。LRTの車両はLRV(Light Rail Vehicle)と言う。従来の路面電車との違いは、①低床化や登坂能力等車両の性能、②地下や高架など軌道構造の多様性、③運賃収受方法などサービスの柔軟さ、④自転車、バス、自家用車など他の交通手段との連携を踏まえた交通計画の枠組みがあること、⑤立地誘導や公共空間連携等都市計画と連携していること、の5点を指摘できる。
BRTはBus Rapid Transitの略でRapidは、混雑している都市部道路で渋滞している一般車両よりも速いことを意味する。連節バス車両(車体毎に別登録する鉄道では「連接」だが、複数車体でひとつの車両として登録するバスでは「連節」)や専用道路が必要条件ではなく、どのような技術を利用するにせよ、結果的に、速達性(Rapid)、定時性(時間が読めること)、輸送能力が卓越していることが必要条件である。元々は、途上国での従来のバスのネガティブなイメージ(遅い、汚い、治安が悪い)を払拭しブランディングする点に意義があった。ブラジルのクリチバやコロンビアのボゴタ等南米都市がBRTの先進事例として紹介されているが、そのイメージが強烈すぎるため、欧州では、南米事例ほど大規模ではないものをBHLS(Bus with High Level of Service、フランス語では、BHNS(Bus à Haut Niveau de Service))と呼ぶ場合がある。LRTかBRTか、という比較については、日本で考える場合、既存の路面電車がある場合や、財源と空間確保が確実な場合はLRTをまず考えることが望ましい。都市のBRT事例としては名古屋市基幹バス新出来町線が最も優れている。因みに多車線道路でのバス専用車線規制を最も長時間で運用しているのは、テラスバス停で知られている大阪市大正通りで、規制時間帯は午前5時から午前1時までの20時間に及ぶ。
トランジットモールも元来米語である。欧州の多くの中心市街地の交通運用で、自動車を締め出しつつ公共交通を残すことで、結果的に歩行者と公共交通のみのストリートを共有しているものが、米語ではトランジットモールとなる。公共交通を残すことで、地区外からのアクセス向上、地区内短距離移動支援、車両や停留所自体がストリートに魅力を与える、等の目標を確認せずにトランジットモールという言葉だけが先行することは慎むべきである。
3.関係者の立ち位置の確認
官民連携というのが基本だが、官と民の定義、連携の定義を確認しておく。官という場合、国、国の出先、都道府県、市町村の役割の違い、所掌としての交通管理、道路管理、運輸事業監督、教育政策、医療福祉政策、商業政策、建築規制、立地誘導等都市計画、政策立案、政策進行管理の違いに留意すべきである。民のほうは、運輸事業としての民間という意味だけでなく、関連する民間企業、運輸とは無関係な民間企業、住民、それぞれ意味が異なる。そして連携とは、なんのためになにをすることなのか、関係者間で同じ意識を共有せねばならない。ルールブックを知らないまま試合ができないのと同じ意味になる。判断と意思決定が別の意味になること、合意形成と意思決定も別の意味であることは言うまでもない。
バス交通に関していうと、計画(路線、バス停位置、時刻表、運賃等を決める)、運営(財務管理、契約、契約履行管理)、運行(日々の車両や乗務員の割当等)のどの段階を誰(行政機関、公社、民間企業)が担い、リスク、責任をどう分担するかを確認することも併せて必要となる。日本の感覚とは程遠い事例になるが、ブラジルのクリチバ市では、計画は市役所都市計画研究所、運営は都市公社、運行は民間事業者となり、運賃は全額公社が管理する。利用者の多寡の責任主体は都市計画になる。事業者は安全な運行を効率的に行うことが責務となる。
4.海外事例の理解の視点
筆者の文献も含め、海外事例が多数紹介されているが、以下の諸点を踏まえることが望ましい。①都市圏の公共交通を担う運輸事業について民間事業者任せにはしていないこと、②どの都市でも目標が明確で、欧州では地球温暖化防止、北米ではエクイティ(公正性)改善が中心にあること、③データは事業者のものではなく公共交通政策推進のためであるという前提のもと、諸業務のデジタル化により、解像度の高い分析結果の可視化を通して、適切な評価を迅速に実施し、財源運用効率向上を行っていること、④交通政策全般に関して、首長を含む自治体側と住民等関係者側との間で不断のコミュニケーションがなされていること、⑤試行錯誤を数多く経験しており、その経験を蓄積していること、の5点は、比較的多くの都市で共通している点といえる。
5.これまでの歴史からの学び
現代の日本の都市交通の問題点はいろいろな文献で指摘されているが、高度成長期以降ずっと問題ばかりであったかというとそうではない。歴史的には、踏まえるべき点がいくつかある。
省庁間連携での集中対策の経験として、公共交通ではないが、1970年の交通大戦争のことをあげておく。1970年には、年間交通事故死者数が16,000人を超えた社会問題に対して、当時の建設省、警察庁、文部省等で一丸となって集中的な交通事故対策を実施し、10年間で交通事故死者数が半減した歴史がある。
特定の施策への集中投資の経験としては、1983年度から4年ほど実施されていた都市新バスシステムについての補助制度をあげておく。年間2都市について、車両やバス優先方策等集中投資するかたちで補助金が用意された、特に初期事例の東京、新潟、名古屋等では、特定の一路線の大幅改革を実現でき、バスのイメージを大幅に改善することに貢献している。いわゆるばら撒きとは正反対のアプローチの効果を実証している。
都市での包括的な投資の経験としては、1997年から約10年間行われていたオムバスタウン構想をあげておく。当時の運輸省、建設省、警察庁、通産省等で連携して、対象都市での運賃システム、バス優先方策、車両低床化、バス停インフラ改善、その他デジタル技術活用等を行っている。浜松、金沢、松江、盛岡、鎌倉、静岡、奈良、熊本、仙台、岐阜、岡山、松山、新潟、福山が対象となっていた。
当時出来ていたことから多くの学びがあることは言うまでもない。
6.新技術の受け止め方
基本的には、交通システムが安全で、環境にやさしく、社会包摂を推進し、財源にやさしくなり、持続する社会の形成につながる方向で受け止めることが重要である。いくつか例示する。
電動化については、車両の設計と運用がさらに変化する機会であり、車内環境や沿道環境の大幅向上も意識することを知るべきである。バス車両の電動化は欧州で近年著しい。トロリーバスも常時充電する電動バスとして位置づけられている。
シェアリングサービスについては、単なるビジネスではなく公共性を持つことをめざし、安全性、公正性(エクイティ)、持続性の保証および全体のモビリティサービス体系の中での位置づけを確認する必要がある。
オンデマンドサービスについては、バスやタクシーよりも総費用が安くなることが歴史の最初だったことを思い出した上で、需要量、供給量、コスト、信頼性の均衡点の向上をめざす必要がある。加えて、全体のモビリティサービス体系の中での位置づけが重要で、例えば、同一事業者がオンデマンドと定時定路線を共存させ、相乗効果で利用増を実現した広島五日市の事例等を注目すべきといえる。
MaaS(Mobility as a Service)については、常に競争領域と協調領域の区別の確認が問われる。本来の目的は、自家用車依存からの行動変容、外出を増やし健康志向になることの支援であり、その目的のために協調することで全体のニーズを顕在化し広げるべきところ、他の運輸事業者との闘い、隣接自治体との差別化等に拘ることは大局的には得るものはなく、厳に慎むべきことである。
最後にデータ利活用についてだが、なんのための利活用なのか、目的の確認が必要である。多様な主体間での合意形成活動に際して、基本的なキーワードはvisioningとvalidatingであろう。高い解像度での現況診断と、それに基づくビジョン形成過程での関係者の理解を高めるための可視化、さまざまな実証実験や試行運用の結果の検証に際しても必要に応じて高い解像度の分析結果の可視化が求められている。
7.推薦図書
今の時代だからこそ、読書の時間を持つことが重要である。岡並木「都市と交通」、木村知可子「トランスポートインシティズ」、コーリン・ブキャナン「都市の自動車交通」、マイケル・トムソン「大都市の交通戦略」、ケネス・スモール「都市交通の経済学」等は、都市交通分野の教育での必読書であり、機会があれば一度は手にすることを強く薦める。
