東京大学大学院 新領域創成科学研究科 特任教授 中村 文彦
自転車・バイク・自動車駐車場 パーキングプレス 2022 7月号
モビリティをデザインするアプローチ 第61回より
1.はじめに
NHKの記者の方の記名記事1の中で、BRTの定義が書かれていた。曰く、「国土交通省によると、『BRT』は広い概念で、たとえば、専用道路を設けなくても、バスの車体の2両分を『連節バス』とすることで大量輸送を可能にするケースも『BRT』と呼んでいます。つまり“効率の良いバス輸送システム”を幅広く指す概念なんです」。これは正確ではない。
大元の国土交通省のサイトでは、何か所かに微妙に異なる日本語で記載がある。2013年に自分も参加していた会議のサイト2で確認した。「BRT (Bus Rapid Transit)は、連節バス、PTPS(Public TransportationPriority System : 公共車両優先システム)、バス専用道、バスレーン等を組み合わせることで、速達性・定時性の確保や輸送能力の増大が可能となる高次の機能を備えたバスシステムであり、地域の実態に応じ、連節バス等を中心とする交通体系を整備していくことにより、地域公共交通の利便性の向上、利用環境の改善が図られます」。これは間違っていないが、連節バスによるシステムと読めなくはなさそうである。
2016年に上梓した『バスがまちを変えていく-BRTの導入計画作法-』3でも、今年上梓した『MaaSがよくわかる本』4でも書いたが、海外で生まれた都市交通の概念の多くが、そのもともとの意味するところ、そこから学ぶべき意義がゆがめられているような懸念がある。
そこで、今回はBRTを例題に、専門用語の輸入にかかる論点を書き出しておくこととした。
2.BRTとは
(1)R=Rapid が定義の鍵
BRTの本でもMaaSの本でも書いたが、BRTはもともと米語で、そのプルスヘリング「Bus Rapid Transit」の「Rapid」が肝である。都市交通の米語では、道路が混雑して渋滞気味のときに、渋滞の中にいる車よりも速いというのがRapidの意味するところのようである。なので、BRTという場合速いということが基本で、渋滞している状態より、確実に速くできることが基本である。因みに欧州では「BHLS(Bus with High Level of Service)」と呼ばれ、自家用車利用に対抗できる定時性や速達性の高いバスを従来のバスと差別化して定義している。
(2)バスのイメージ回復のため
なぜ速くなくてはいけないのか?
遅くてもよいのではないか、という人はまずいないと思うが、その背景にはバスのイメージアップがある。多くの都市で、都心地区にLRT(LightRail Transit)や地下鉄を導入することを計画したものの、財源が確保できず計画が進展しないヶ-スが米国のみならずいくっも存在した。自動車中心の都市で、道路が渋滞してしまうと他の選択肢がなくなる、あるいは、時問通りに動ける選択肢が徒歩と自転車以外になくなる、そのような状況を安価に打破する方法が求められた。専用道路を用意すればバスでなんとかなることは既にわかっていた。しかし、バスといえば遅い、汚い、臭い、信用できないというイメージが強く先行する中で、それらを払拭する必要があったと想定される。路面電車では、米国において車両性能、インフラ、サービス、交通手段問連携、まちづくりとの連携を組み込むことで、「Light RailTransit」という名称での新しいイメージが定着した。このむこうをはって、アルファペット3文字で「BRT」という言い方が米国で誕生した。
(3)必ずしも大量輸送とは言っていない
もともとの定義では、大量ということには拘っていないようである。筆者も多くの講演や執筆において、輸送力の高さも重要ポイントとして指摘しているが、語源的には、その点には触れられていない。
因みに大量輸送の定義は必ずしも明確ではない。筆者も執筆に参加した都市交通計画の教科書5では、時間あたり方向あたり1万人を目安として紹介している。50人乗りのバスが1時間に200台走れば10,000人になる。約18秒に1台の頻度である。これはバス専用車線が複数あって、停留所というか駅でも複数台同時乗降できれば達成できる。ただし、相応の用地と運転士が必要となる。
つまり、技術的には、どの交通機関も輸送力はいわば無限にある。しかし、それを実現するときにかかる費用(土地も人件費も費用換算して)が高くなり、非現実的になる場合があるということである。なので、教科書では常識的で標準的な道路や技術、財源等の条件下での輸送力を示している。現代では常識を覆すようなイノベーションが求められていることを踏まえれば、常識前提での計算値の比較はそもそも無意味かもしれない。
3.BRTの定義が歪む背景
(1)連節バスでコスト節約したい事業者
歴史的には、1985年のつくば科学博覧会での輸送で連節バスが大量に導入されたのが日本でのルーツのひとつになるが、1両(車体は2つ繋がっているが自動車登録上は1つのナンバープレートなので1両。トレーラートラックとは異なる)に多くの人を乗せられるのは、誰のためなのか、丁寧に考察する必要がある。
連節バスの購入費用と通常のバスの購入費用を、適用できる補助金を前提に比較すると、乗客1人あたりの金額は大きくは異ならないようである。初期費用では連節バスはそれほど魅力的ではない。しかし、ランニングコストについて言えば、運転±1人あたりが乗せる人数が倍なので、利用者あたりのコストは半額になる。さらに運転士総数も節約できる。事業者からみるとコスト節約こそが魅力である。
(2)連節バスによる減便も許容?
利用者にとってはどうか?連節バスの車両がかっこいいという声はアンケートで聞くこともあるが、連節の部分が好きということはまずない、外国製の車両の洗練された内装デザインに惹かれる場合が多い。事業者の理屈で、運転士数を節約できることは、そのまま運行本数減少を意味する。ラッシュ時に1時間あたり15本の運行を、連節バスを何両か導入することで、1時間あたり10本以下にした例も少なくない。駅前のバスによる混雑などは緩和できそうだが、利用者からすると減便になる。それでも、連節バスによってコストを削減できるのだとすれば、バス事業としては魅力的になる。
(3)Rapidを実現しにくい事情
バスの定時性を高めるには、道路全体の交通流を円滑にするか、混雑しているところで路線バスに走行の優先権を与えることが必須である。PTPS(公共車両優先システム)と呼ばれるものが導入されて、バス専用車線と高度な信号制御によりバスの定時性向上を狙った取り組み事例は数多い。しかし、信号制御の基本は、管轄する全区域での道路交通量の円滑化担保が絶対で、その条件下でのバス優先である。換言すると、バス以外の自動車の円滑性が悪化するようなバス優先は認められない。別途専用道路が与えられない限り、日本ではバスはRapidにはなりにくいのが実情である。なお、名古屋の新出来町線の東側区間を引き合いに出すまでもなく、往復4車線の道路でもバスの定時性を高めることは可能である。欧州でも車線数の多くない道路でさまざまな工夫で定時性を確保している。
4.BRTのあるべき姿:Rへのこだわり
日本で、前記のような事情から連節バスを求めている場所はいくっかある。外国製の車両に憧れて導入する場合もある。それらは歓迎されるべきものであるが、それをBRTと呼ぶ必要は皆無である。一方で、定時性を確保することで信頼感を勝ち取る必要のある場所や、鉄道廃線後の対応で地域のつくりが鉄道駅前ベースになっている場合は、廃線敷を専用道路化することの意義は大きい。これらのような場合は、BRTと呼ぶことがよい。連節バス車両やPTPSがあればBRTではなく、地域の事情にあわせてRapidになればBRTという整理が望ましい。
5.学ぶべきは語源と課題のつなぎ
特に1990年代以降、現代のMaaSに至るまで、いろいろな技術用語が都市交通の分野でも輸入されてきた。すぐに日本版〇〇という言い方をする人たちもいるが、原義を尊重することをもう少し大切にしたい。都市交通の問題の構図は、国を越えても本質的には大きくは異ならない。なので、なぜこういう考え方が生まれたのか、その特徴的なところを日本の課題につなげればよいだけで、日本の課題を前面に出して、原義を軽視することは、避けられるものであれば避けたいところである。深い議論が必要で、そうなると専門家の存在は重要といえる。
