東京大学大学院 新領域創成科学研究科 特任教授 中村 文彦
自転車・バイク・自動車駐車場 パーキングプレス 2025 1月号
モビリティをデザインするアプローチ 第76回より
1.はじめに
地域の公共交通に関する実証実験の数がとても多くなっている。ここで、公共交通とは、欧州の国際公共交通連合UITP(The International Association of Public Transport)の資料等にある、誰でも気軽に使えるという意味での公共性の高い、移動にかかるサービスの総称で、シェアサイクルや電動キックボード(海外ではe-scooter)のシェアリングも公共交通に含むものとする。
新しい技術やサービスが出現することも多く、時代の背景やさまざまな要件も変化が激しく、結果として、地域での課題設定も多様になってきている。その意味で、実証実験が多くなることは、基本的に歓迎されるべきことと言える。実証実験にかかる費用に、国税等公的資金が用いられることも正当化できると思われる。
しかしながら、実際に各地で行われている実証実験の様子をうかがっていると、このまま放置しておいてはいけないことがいくつかあるように思われる。そこで今回は、順不同ではあるが、実証実験の企画、実施、評価、あるいは横展開において、留意すべき点を列挙させていただいた。今後の各地での実証実験の提案、遂行等において少しでも参考になれば幸いである。
2.実証実験で留意すべき点
①大義名分が必要
きわめて当たり前のことから始めるが、税金を用いた実験であれば、なんのための実験か大義名分が必須である。交通問題を考える際、需要(利用者サイド)の状況と供給(事業者サイド)の状況だけで問題設定をするのは不十分である。需要と供給の外側に政策枠組みがあり、地域において何のために実験するのかを明確にする必要がある。基本的には、脱炭素、VISIONゼロ(交通事故死者数ゼロ)、地域住民の健康増進といったあたりを前面に出し、それらの指標が改善されることを評価の視点とすることが基本である。バス利用者数増加、経営赤字解消というような指標だけが前面に出てくるのは不十分である。
②地域の課題解決か地域の価値向上の議論を整理する
一般的には、現在抱えている問題の解決、近未来に起こりえる問題の解決、あるいは地域に新しい価値を付与して価値向上をめざす、の3つの切り口のどのあたりを狙っているのか意識を共有する必要がある。そのためには、地域の問題の構造化が必要であり、全体の問題構造を俯瞰した上で、すべての問題は解けなくとも、実験が、どのあたりの問題を解こうとしているのかを関係者で共有できることが必要となる。
③全体を俯瞰した最良の代替案を実験する
やみくもにオンデマンドバスの実証実験や、自動運転バスの実証実験を企画する事例が多い。MaaS(Mobility as a Service:マース)の予算でオンデマンドバスを実験する事例も少なくない。言うまでもないが、MaaSは、さまざまな交通手段を束ねる考え方であり、オンデマンドバス=MaaSではない。地域の課題の解決策にどのようなものがあり得るか、全体を見渡してもっとも検証すべきもの(代替案)を実験することが望ましい。在来の路線バスを工夫するだけで済む場合、地域のスクールバスを活用するだけで済む場合もある。オンデマンドサービスは、予約を拒否される場合、乗りたい時刻に乗れない場合、乗車後の降車時刻も変動し得ること、ソフトウェアを含めるとコストが他の代替案よりも高価になる等のリスクがあるにも関わらず、そういったリスクをどのように最小化するかの検討がないまま、妄信的にオンデマンドサービスを取り上げるのは安直と言わざるを得ない。
自動運転のバスについても、その場所になぜ必要なのか、有人(通常のバス、レベル2自動運転のバス等)のバスではなぜいけないのか、十分な説明がなく、また実験開始後に利用者を確保できていない例が多い。
④模倣実験ではなく独自仮説で実験する
前項にもつながるが、検証すべき仮説のない実験は慎むべきである。他地域ですでに検証されている仮説の検証を繰り返す必然性はどこにもない。先行事例の状況から仮説検証の必要がない場合には、すぐに本格実施に向けて取り組めばよいだけである。
ここで、仮説検証については、技術的な検証や、後述の行動変化だけでなく、地域の関心の変化も含まれる。その場合には、地域ごとの背景事情が異なるので、一見同じような実験にみえても、地域の諸事情が異なるところで、どのように地域の関心が変化するのかを検証する必要性がある場合もある。
⑤日常生活の変容には十分な期間をとる(観光は別)
年度内に成果を出すことが強要される場合が多いとはいえ、短期間でひとびとの日常的な生活の行動が変わることはきわめて厳しい。有料で運賃を課す場合には、通勤手当の扱い等もあり、短期間の実証実験で行動を変えてもらうのは困難である。自動車の運転において、経路を変える程度であっても必ずしも短期間で変更されるものではない。交通手段の変更
の場合には、時間や費用が大きく異なることもあり、簡単には変化しない。十分な期間をとっても取りすぎることはない。ただし、観光交通については、そもそも周期性や習慣性がないので、ちょっとした条件でも動き方を変えることは可能である。温泉街の循環バスサービスのようなものは、代替サービス(各旅館の送迎サービス等)との調整ができ、後述のよう
にシンプルで高頻度のサービスであれば、観光客の行動を変えることは可能である。
⑥地域に浸透するには存在感が出るだけの量を用意する
車両を用意する段階で、予算制約がかかりわずかばかりの台数になってしまう実験がほとんどである。検証すべき仮説を考えた際に何台必要なのかと考えるべきところ、予算の関係で届いた1台あるいは複数台にて、なにをしようか、と考えている事例がほとんどのように思われる。その結果として、十分な運行頻度が確保できず、仮説検証も覚束ないケースが多い。加えて、路線設定あるいは運行区域設定において、政治的な事情もあって広範囲の長距離路線になる場合が多い。こうなってくると、街中で車両を見かける頻度がきわめて少なくなってしまう。実験の基本は、存在感を出すために、すべての区間をカバーしなくても短距離でもよいので高頻度運行をすることに尽きる。想定される需要量から計算される頻度ではなく、どれくらいの頻度だと存在感を出せるか、から見極める頻度で運行し、そこにどうやって人を集めるかをさらに工夫する。この手順で用意できない実験は多くの場合、利用者を確保できない。
⑦視察利用に頼りすぎない
視察者が多いことを自慢する実験が散見されるが、最初から視察者を集めることを目標にしているならまだしも、大義名分から考えれば、地域の方が使おうと思うことが第一義である。そして、視察者で満員の車両に地域の人が乗れなくなっているというような事態は避けるべきである。常になんのために実験をしているのか、原点に立ち戻りつつ、視察者対応を、必要に応じて、優先順位を踏まえて考えるべきであろう。
⑧中途半端な広報よりも無料か安価な運賃で地域の人の体験者を増やす
短期間の実験では、どんなに広報を工夫しても、前述のように、そう簡単に日常の生活の行動を変えることは期待できない。そうであれば、むしろ割り切って、地域の人にどんどん体験してもらうことが有効である。例えば、1台や2台程度の電動車椅子では、まだ恥ずかしさも残るが、もし10台あれば、それをさまざまな人たちが体験すれば、地域の関心度は高まる。高齢者や足腰が不自由な人と決めつけず、少し疲れた人、ちょっとけがをした人も対象のつもりで、地域の小中学生あるいは高校生全員に体験してもらうようなことの積み重ねで、地域の関心は高まり、建設的な議論が市民の間に展開されることが期待される。
3.おわりに
オンデマンドバス、シェアリングサービス、モビリティハブ、自動運転バスといったあたりが流行で、実証実験の数は多い。大義名分を確認した上で、いずれにしても使ってもらってこそのサービスであり、視察以外利用が少ないのは論外である。前述のように広報だけで呼び込めなければ、関係者全員で、やや強制力を働かせてでも体験させていくことのほうが望ましいといえる。このことも含め、本稿であげた視点で、実証実験のあり方を今一度考えてみることを期待したい。
