東京大学大学院 新領域創成科学研究科 特任教授 中村 文彦
自転車・バイク・自動車駐車場 パーキングプレス 2024 5月号
モビリティをデザインするアプローチ 第72回より
1.はじめに
前々回に続き、今回も、ライドシェアについての話をさせていただく。
現在、我が国で実施しようとしている「日本版ライドシェア」は本来のライドシェアとは程遠いことが問題であるという指摘があるが、問題の本質はそこではなく、地域交通の課題への対応方法であることを踏まえ、以下に論点を整理する。また参考情報として、兵庫県養父市の事例にも触れる。
2.動き始めた「日本版ライドシェア」の問題
以下では、本来の地域交通の課題に対して、ニーズ、インパクト、実現可能性の3点から整理する。
<ニーズ>
そもそもの話だが、移動需要はとても変動が大きい。時間軸上でも、日内、週内、月内、季節間などさまざまである。空間的にも、駅前、観光案内所等局所的な集中、偏在がみられる。タクシー需要については、全体の移動需要の中の小さな割合であり、小さい分だけ変動が際立つ。このような特性を持つ移動を把握するには丁寧なデータ集計解析が必要になる。何回かのアンケートの分析だけでは済まされない。
タクシーアプリの履歴でかなりのことがわかる。しかし、駅前タクシー乗り場近傍ではアプリは使えないため、駅前タクシー乗り場の待ち客の量や待ち時間等の特性は誰も知らない。また東京駅八重洲口が典型例だが、同時数台乗車を上手に運用できず、施設の設計も、例えば最近の海外空港での事例(シンガポール、パリ、ベルリン等)と比べてきわめて旧態依然としており、利用者もタクシーも待ち行列を形成してしまう。施設設計と運用でどこまで対応できるものなのか考察もきちんとされていない。
次に、現在のタクシー需要の超過分は、全てタクシー的サービス(乗り合うことはせずドアツードアで輸送する道路運送法「乗用」のサービスの一種)で賄わなくてはならないのかどうかの判断もされていない。身体障害のある人等ご本人の徒歩が困難な場合と、徒歩は困難ではないが、ベビーカーやスーツケース等を伴う場合でドアツードアの必要性の程度は異なる。乗り合うか個別に乗るかも場合分けができる。いまタクシーに乗りたいという人をすべて個別ドアツードアで賄うと、仮に車両と運転士が足りたとしても道路は溢れる。どうしてもある種の優先順位の判断が必要になる。その判断材料も診断されていない。
散見される主張の中には、必ずしも移動問題の解決をゴールとはしておらず、規制緩和の事例が増えることが(政治家として?の)目的、Uberが欧米と同じように使えることが(ビジネス投資家として?の)目的というように勘繰られる場合があるように思える。そういう場合は、現状には関心がないので、現状の診断がおざなりになりがちである。
因みに、筆者は、自家用有償による支援が必要な場面は、日本にはいくつかあると認識している。そしてその多くは、従前から整備されている自家用有償の制度を、自治体が地域公共交通会議および協議会を適切に運用して地域全体で協議すれば十分に対応できるものと認識している。一部の観光地等では、ドアツードア以外のサービスの充実で賄える場面が少なからずあるはずで、自家用有償のバス(定員10人以上の車両)による運行等の選択肢をより吟味せねばならない。
<インパクト>
ライドシェアサービスをどのように導入するとどのような影響が出るのか、短期的な視点はともかく、3年、5年、あるいは10年という長さでの事前評価がなされていない。人々はさまざまな交通手段をどのように使い分けるか、道路空間上での位置づけはどうなるか、駅前広場交通施設や空港ターミナル等ではどう扱うのか、議論は満載である。
筆者は特に2つめと3つめの点の議論を心配している。日本の多くの都市にあるバス専用通行帯(バス専用レーン)のいくつかでは、実車タクシー、もしくは空車のタクシーも走行を認めている。そもそもバス専用レーンにはさまざまな課題があるが、それに加えてこの問題をどうするのか、車道には自転車、電動キックボードも登場し、海外ではそれらとバスレーンの共用もある中で、丁寧な議論が必要である。海外の空港で、UberやアジアのGrab等の乗り場が整備されている例があるが、タクシーの扱いですら課題の多い日本で、どのように対処するのか、こちらも先が思いやられる。
大都市部以外の多くの地域では、福祉有償運送のサービスとの調整が重要になる。地域の未来を考え、インクルーシブな世界の実現を考えれば、政策の優先順位も予算配分の優先順位も、明確に福祉有償のほうに与えられるべきであろう。従前からのバスやタクシーとの役割分担は地域公共交通会議および協議会で整理される必要がある。ライドシェアの実証実験のために多額の予算を支出している自治体が、福祉有償をどのように扱っているか、個別事例をここでは言わないが、唖然とする状況のようである。このことが、どのようなインパクトをもたらすのか、まで注視が必要になる。
労働市場の観点からは、既に多くの指摘があるように、タクシードライバーからの転職等が進み、運輸事業の労働市場全体の中での歪みのようなものが発生するかどうかが懸念される。結果的に既存のバスもタクシーも衰退した場合に、地域の足の確保をどうするのか、30人乗車しているバス1台が、1人乗車のライドシェア30台になることをどう考えるのか、こちらも十分に丁寧な予測と議論が求められる。
<実現可能性>
一般には、技術面の問題、財源面の問題、制度面の問題、社会受容の問題等をあげることができる。安全面の懸念は大きい。利用者が選べるという主張があるが、それは行政が利用者に責任をおしつけ、安かろう悪かろうサービスも選んでよいよ、という意味だとすれば非常に問題である。お金を節約してリスクを背負うのは自己責任というのは、移動サービスではあり得ないと筆者は考える。安全面のさまざまな問題は、最新の技術でかなり改善されると思われるが、そのコストについての問題が次に浮上する。前述のように福祉有償や乗合サービスでも財源が不足している中で、ライドシェアに関する財源を潤沢に確保する理由は必ずしも明確ではない。行政的な投資効果を考えても疑問は残る。既に何度か述べたが、地域公共交通会議および協議会の仕組みを活用すべきところで、むしろ邪魔者扱いしている点も、議論が歪んでいる。なお、現状では、道路運送法78条3項での自家用車有償運送の導入の場合には、地域公共交通会議等との調整や都道府県との調整が不要となっているようだが、利用者の視点に立つならばあり得ないことであり、せめて当該自治体および関係者との情報共有が行われるように、今後の運用改善を強く望む。
3.「やぶくる」について
兵庫県養父市の八鹿地域・養父地域・大屋地域・関宮地域の4地域のうち高齢化が顕著な大屋地域と関宮地域を対象に、国家戦略特区の規制緩和の特例という説明で自家用有償旅客運送事業の実施計画が認定されたのが、「やぶくる」である。地域の全てのバス事業者とタクシー事業者の合意をとりつけ、LINE通話によるアルコールチェック等コストに配慮しつつ安全性担保を十分に重視した運営体制になっている。運賃はタクシーより多少安い程度で、運行区間も限定されている。右上写真はミニバン車であるが、ほとんどの車両は軽自動車で、筆者らのヒアリング時点では、8台の車両と12名の運転士が登録されていた。運送の報酬の25%がタクシー事業者に支払われる仕組みで、市から年間100万円の補助金を受けて運営されている。
当初は1日13人利用を目標にしていたが、ヒアリング時点では1日2人程度であり、この数字の少なさを指摘する向きも多い。ただ、ヒアリング当日、筆者らが移動で利用した路線バスは筆者ら以外には利用者が全くいない状態で、そもそもの需要構造、その中で顕在化している分担率、住民のトリップ原単位あるいは1日あたりの外出数といったデータとの見合いで、地域全体で外出数を増やし、その中で自家用車運転以外の外出数を増やし、その増分をやぶくるが担う、というようなシナリオのもとでの改善策が求められる。これらは制度の問題ではなく、データに基づいた適切な診断と、関係主体全体でのコミュニケーションの実質化の課題であるということがわかる。

【謝辞】
今回の養父市ヒアリングに際しては、養父市役所、特定非営利活動法人養父市マイカー運送ネットワークにお世話になりました。出張費用については、東京大学大学院新領域創成科学研究科出口敦教授研究室にお世話になりました。原稿作成にあたっては、東京大学大学院新領域創成科学研究科社会文化環境学専攻修士課程2年生二木理沙子氏にお世話になりました。誌面を借りて各位に心より御礼申し上げます。
