背景
ロンドンでは、住宅地において自動車の通過交通量を削減するために、1960年代からLTN(Low Traffic Neighborhood)が導入されています。LTNの入口となる道路には、ボラード、柵、プランター、ハンプなどの障害物が設置され、通過交通の進入を抑制しています。また、ナンバープレート認識カメラや道路標識により、LTNであることが明示されています。
LTNの導入は、まずロンドンに32ある自治区によって計画されます。自治区は交通量データや地域住民の要望等に基づいて導入エリアを検討し、短期間の実証実験や住民からの意見募集を経て導入を決定します。LTNの導入を含む徒歩や自転車利用の推進に対しては、TfL(ロンドン市交通局)や政府の基金を活用することが可能です。特にコロナ禍の2020年には、社会的距離の確保や、公共交通機関の利用を減らすこと、歩行者や自転車利用者向けに道路空間を再編するために、既存の法律が改正され、自治体はわずか7日前の通知だけでLTNを導入できるようになりました。この措置により、2020年5月~翌年4月の1年間で72のLTNが追加導入され、ロンドンのLTN導入地域は大きく拡大しました。


実施内容
LTNの導入効果については、近年様々なレポートが公表されています。
- 交通事故負傷者の減少
ウォルサム・フォレストへのLTN導入前後で、区域内の交通事故負傷者数が3分の1に減少しました。また、2020年に導入されたLTN内全体の負傷者数も、ロンドンの他の地域と比較して半減しており、歩行者の負傷リスクが大幅に減少したといえます。 - 自動車交通量の減少
11行政区587箇所のLTNについて、導入前後の交通量を比較した結果、LTN区域内では自動車交通量が大幅に減少していました。 - NO2(二酸化窒素)濃度の減少
キャノンベリー・イースト、クラーケンウェル、セント・ピーターズの3つのLTNとその周辺地域で、LTN導入前後の大気質の変化を分析した結果、LTNエリア内ではNO2の濃度が5.7%、境界エリアでは8.9%減少していました。 - 住民の交通手段の転換
ランベス地区におけるLTNの導入後、LTN内の住民の1年間の平均運転距離が0.7km/日減少した一方、ランベス地区のほかの地区の住民の年平均運転距離は0.6km/日増加していました。

- 街頭犯罪の減少
ウォルサム・フォレストでは、LTN導入後3年で街頭犯罪が18%減少しており、特に暴力犯罪と性犯罪が減少していました。また、隣接地域で犯罪件数が増加するといった副作用も見られませんでした。一方で、LTN内の住民の自転車利用の増加を反映し、自転車窃盗の件数は有意に増加していました。 - 騒音の減少
いくつかのLTN導入地域とその他の地域で騒音の変化を計測した結果、ほぼすべての場所でLTN導入後に騒音が減少していました。また、LTN内の観測地点のすべてで、LTN導入後に生物騒音が増加していました。 - 消防の緊急活動への影響に対する懸念の払しょく
LTNは自動車のアクセスを制限するため、緊急サービスの対応時間が遅れる可能性が指摘されていました。しかし、72のLTNで消防の緊急対応時間を調査した結果、LTN内または境界道路での対応時間に影響があったという結果は見つかっていないという調査結果があります。

ポイント
- 日本では、ゾーン30やゾーン30プラスの導入、あるいは改正道路交通法における生活道路での30km/h規制といった施策が進められていますが、これらの取組の主目的は安全性の向上であり、その評価も自動車交通量、平均速度、速度超過車両の構成比など、自動車の挙動調査によってなされることが多いのが現状です。
- 一方、ロンドンのLTNは交通安全だけでなく、交通事故負傷者自体の減少や大気質の改善といった目的も期待されています。さらに、犯罪や騒音の減少といった多面的な効果があることを実証しています。その結果、近隣地区の価値向上、住民の地域に対する意識向上が図られ、自分達が生活している地域への愛着や誇りが高まっていくことを期待するものです。
- 具体的な施策としては、日本でも見られるエリア内の速度抑制、あるいはハンプや狭さくといった物理デバイスの設置だけでなく、エリアに進入する入口自体を狭くする工夫なども行われています。また、自動車への対策だけでなく、街路の段差をなくし、自転車や歩行者を通行しやすくすることを優先するなど、多様な施策が行われている点もポイントです。
- さらに、市内各地の詳細な効果を定量的に調査し、メタ分析を通して数多くの知見を市民に共有している点も、LTNが継続し、対策・アップデートされていく上で重要な点です。
【資料・参考情報】
①Impacts of 2020 Low Traffic Neighbourhoods in London on Road Traffic Injuries(Transport Findings, 2021.7.23)
②Changes in motor traffic in London’s Low Traffic Neighbourhoods and boundary roads (Case Studies on Transport Policy, 2024)
③Evaluation of low traffic neighbourhood (LTN) impacts on NO2 and traffic (Transportation Research Part D: Transport and Environment, 2022)
④The Impact of 2020 Low Traffic Neighbourhoods on Levels of Car/Van Driving among Residents: Findings from Lambeth, London, UK.(Transport Findings, 2023.6.7)
⑤The Impact of Introducing a Low Traffic Neighbourhood on Street Crime, in Waltham Forest, London (Transport Findings, 2021.2.17)
⑥The impact of a low traffic neighbourhood intervention on urban noise measured with low-cost sensors in Oxford, UK. (Transportation Research Part D: Transport and Environment, 2024)
⑦The Impact of 2020 Low Traffic Neighbourhoods on Fire Service Emergency Response Times, in London, UK(Transport Findings, 2021.5.12)
